四肢の小脳性運動失調の要素とは
「ベッドサイドの神経の診かた1)」では四肢の小脳性運動失調の要素(症状)として,以下の 6 つをあげています。
- 測定異常 dysmetria
- 反復拮抗運動不能(症) dysdiadochokinesis
- 運動分解 decomposition of movement
- 協働収縮不能 asynergy (-gia)
- 振戦 tremor
- 時間測定障害 dyschronometria
失調症の検査を行うときには,これらの要素を観察します。
小脳性運動失調以外の失調症でもこれらの症状は出現します。
ですので,四肢の協調運動障害の要素として捉えてもいいと思います。
これらの要素は完全に独立したものではありません。
例えば,運動分解や測定異常は協働収縮不能に含まれます1)。
ですので,同じレベルで列挙されていることに違和感があります。
森岡2)は,「協調運動障害は,運動の時間的障害である運動開始・停止遅延および反復拮抗運動不能と,運動の空間的障害である距離の測定障害と運動分解に大きく分けられる」としています。
このように,症状の分類がより整理されていくと,より使いやすくなると思います。
また,運動療法と対応した分類を作っていく必要があると思います(私が知らないだけで,そういう分類ができているのかもしれませんが)。
各要素を説明します。
測定異常
随意運動を止めようとしているところで止めることができない現象です。
例えば,示指で何かを触ろうとするとき,目標からそれたところに示指が到達してしまう現象です。
測定過大は目標を行き過ぎてしまう現象で,測定過少は目標に到達しない現象です。
小脳性の運動失調では,随意運動を停止するための制動機構の作動開始が遅れるために目標を行き過ぎてしまう測定過大を呈するのが普通です3)。
反復拮抗運動不能(症)
拮抗する反復動作が確実に素早くできないことです。
例えば,回内と回外を反復させると,回内と回外が切り換わるときに止まってしまったり,運動の範囲がばらついたりします。
反復させなければ,異常は目立たなくなります。
運動分解
例えば,示指で自分の耳たぶを触ろうとするとき,肩関節と肘関節が同時に動かず,先に肩関節だけが動いたりします。
つまり,肩関節と肘関節の協調した運動が「分解」するということです。
その結果,示指の運動の軌跡は滑らかな曲線や直線とならず,三角形の2辺を通るような軌跡になったりします。
協働収縮不能
いくつかの運動が組み合わさった運動において,運動の順序や調和(synergy)が崩れた状態を協働収縮不能といいます。
この定義は,協調運動障害の定義とそっくりです。
協働収縮不能と協調運動障害の関係についてはっきりと書いている文献は見つけられていません。
おそらく,協調運動障害は単関節での単一の筋による運動からいくつかの運動を組み合わせた動作まで,全ての運動で生じる異常を表しますが,協働収縮不能は運動の組み合わせにおける異常を表しているというところが違うのだと思います。
協働収縮不能の例として「ベッドサイドの神経の診かた1)」には,背臥位から起き上がるときに下肢が高く上がってしまう現象や,立位で身体を後ろにそらしたときに頸部の伸展や膝の屈曲が起こらずに後方に倒れるという現象が載っています。
一方で,内山5)はこれらの現象を運動の解体(運動分解)であるとしています。
運動分解は協働収縮不能に含まれる(先述)のですから,間違いではありません。
理学療法では,「synergy」は共同運動と訳すことが一般的です。
片麻痺における病的共同運動で有名です(こちらの記事でまとめています)。
協働収縮と共同運動の関係について明確に書いている文献は見つかりませんが,訳し方が統一されていないだけで,同じ意味だと思われます。
振戦
指先で何かに触れようとするとき(上肢到達運動時)に指先が動揺することですが,定義や分類は充分に統一されていません。
いくつか紹介します。
内山5)によるもの
終末時動揺 terminal oscillation と企図振戦のふたつに分類しています。
終末時動揺は目標物付近での左右方向への動揺で,巧緻障害の表現であると解釈できます。
企図振戦は小脳歯状核および赤核などの小脳遠心路系の障害による激しい運動方向を前後するような振戦です。
岩田3,4)によるもの
これまで企図振戦と呼ばれてきたもののなかには,遅い姿勢時振戦,企図・動作時ミオクローヌス,小脳性の揺れの 3 つの異なる病態が含まれるとしています。
遅い姿勢時振戦 slow postural tremor
特定の筋あるいは筋群に,重力に抗する程度の一定の強さの等尺性収縮を負荷したときに著明となる振戦です。
律動的な筋活動によって生じる不随意運動です。
手指の揺れは目標に達してから生じるのが原則で,その肢位を保っている限り振戦は持続します。
多発性硬化症などで生じます。
企図・動作時ミオクローヌス intention or action myoclonus
随意運動に伴って生じるミオクローヌスです。
ミオクローヌスは少数の筋群を侵す不随意運動でリズムを持たない非律動的なものです。
運動遂行時から生じ,目標到達後にも継続します。
先の姿勢時振戦とは異なり揺れの方向や周期は不規則でより速いのが普通です。
随意運動を行おうとしただけでも生じることがあります。
無酸素脳症による Lance Adams 症候群によるものが典型的です。
小脳性の揺れ over-shoot oscillation
手指が目標を行き過ぎて戻り,また行き過ぎてまた戻る,という修正反応を何回か繰り返し,減衰振動を描きながら目標にゆっくりと到達するという現象です。
不随意運動ではなく,筋の律動的な収縮はありません。
これを企図振戦と呼ぶのは誤りであるとしています。
名前にあるとおり,小脳の障害で生じます。
森岡2)によるもの
運動失調患者の上肢到達運動では,運動初期に方向の誤差が出現し,その後,目標を追跡しながら揺らぐ追跡誤差が出現します。
前者の初期方向誤差は企図振戦として現れ,後者の追跡誤差は終末時動揺として現れます。
振戦について,3 人の報告を紹介しました。
振戦の定義はかなり混乱していると言えそうです。
時間測定障害
動作の開始あるいは停止が,時間的に遅れることです。
両手で握手をして,両手同時に強く握ってもらうと,障害側では,握り始めるのが遅く,完全に握りしめるまでの時間も遅くなります。
測定異常(測定過大)が生じるのはこの時間測定障害があるからです(前述)。
これも,この分類が充分に整理されていないと感じるところです。
筋緊張の低下
最初にあげた小脳性運動失調の要素には含まれていないものです。
運動失調では筋緊張の低下も起こります。
測定異常,反復拮抗運動不能,時間測定障害などは筋緊張の低下によって起こっていると考えることもできます2)。
私は筋緊張の低下を 7 つ目の要素として加えるのもありだと考えています。
被動性は亢進しますが,伸展性は亢進しません6)。
被動性,伸展性についてはこちらの記事で解説しています。
あわせて読みたい
スポンサーリンク参考文献
1)田崎義昭, 斎藤佳雄: ベッドサイドの神経の診かた(改訂18版). 南山堂, 2020, pp141-156.
2)森岡周: 運動失調, 標準理学療法学 専門分野 神経理学療法学. 吉尾雅春, 森岡周(編), 医学書院, 2015, pp110-123.
3)岩田誠: 神経症候学を学ぶ人のために. 医学書院, 2004, pp195-205.
4)岩田誠: 神経症候学を学ぶ人のために. 医学書院, 2004, pp137-140.
5)内山靖: 協調運動障害, 理学療法ハンドブック改訂第4版第1巻. 細田多穂, 柳澤健(編), 協同医書出版社, 2010, pp605-635.
6)平山惠造: 神経症候学. 文光堂, 1979, pp447-494.
2019 年 8 月 4 日
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