注意!:IASPによる痛みの定義は 2020年に改訂されており,この記事の内容は古くなっています。
痛み(疼痛)の定義としては,国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain ; IASP)の定義が有名ですが,分かりにくい定義だとは思いませんか?
この記事は,私の解釈による痛みの定義の解説です。
原文と翻訳
まずは原文を引用します。
Pain:An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage1).
次に,翻訳されたものをいくつか引用します。
日本ペインクリニック学会によるものです。
実際の組織損傷や潜在的な組織損傷に伴う,あるいはそのような損傷の際の言葉として表現される,不快な感覚かつ感情体験2)。
日本ペインクリニック学会による翻訳には改訂される前のものもあります(元の定義は同じです)。
実際に何らかの組織損傷が起こった時,あるいは組織損傷が起こりそうな時,あるいはそのような損傷の際に表現されるような,不快な感覚体験(sensory experience)および情動体験(emotional experience)3)。
比較的古い文献から2つ引用します。
組織の実質的あるいは潜在的な障害に結びつくか,このような障害を表わす言葉を使って述べられる感覚・情動体験を疼痛という4)。
組織の実質的または潜在的な傷害に伴う,あるいはそのような傷害を表す言葉で述べられる不快な感覚・情動体験5)。
私の解釈
翻訳にはいくつか違いがあり,原文を読まずにある翻訳一つだけを読んでしまうと,違ったニュアンスで理解してしまうかもしれません。
ここでは,私が疑問に思っていることや私なりの理解を書きます。
まずは「potential tissue damage」です。
「組織損傷が起こりそうな時」という訳から考えると,組織を損傷するほどではないが,痛みは感じるような刺激を受けたときのことではないかと思います。
例えば,皮膚を軽くつねった時です。
では,「潜在的な組織損傷」という訳だとどうでしょう。
潜在的とは「外からは見えない状態で存在するさま」ですので,見つけられていない損傷という意味になるのではないでしょうか?
どちらが正しいのか?両方の意味が含まれるのか?あるいはもっと違う意味なのか?よく分かりません。
しかし,侵害刺激に伴う痛みということであり,従来からある痛みの定義と考えて問題はなさそうです。
「described in terms of such damage」も分かりにくい表現です。
「such damage」は「actual or potential tissue damage」のことでしょう。
「そのような傷害を表す言葉で述べられる」という訳だと,組織損傷を表す言葉となってしまいそうです。
例えば,靭帯が断裂しているといった言葉です。
そうすると,靭帯が断裂していると表現される不快な感覚が痛みであるとなってしまい,明らかに変です。
ここは,「そのような損傷の際の言葉として表現される」という訳の方が分かりやすそうですが,スッキリはしません。
これに関しては注釈の方が分かりやすいと思います。
一般的に主観的な訴えを検討する場合,彼らの体験を組織損傷による体験と区別することはできない.もし彼らがその体験を痛みであるとみなすなら,そしてそれが組織損傷によって生じる痛みと同じようであると訴えるならば,それは痛みとして受け入れるべきである2)。
本人が痛いと言えば,それは痛みであるということでしょう。
まとめ
最後に痛みの定義のポイントをまとめます。
痛みとは不快な感覚および情動体験である。
組織損傷に伴って生じる。
組織損傷がなくても,組織損傷のときと同じように感じているのであれば,それは痛みである。
おわりに
定義の細かいところにこだわらなくても,通常の臨床では問題はないでしょう。
このIASPの定義から学ぶべきことは,痛みは情動体験であるということだと思います。
そう理解することが,他人の痛みを理解することにつながるような気がします。
参考文献
1)https://www.iasp-pain.org/Education/Content.aspx?ItemNumber=1698(参照 2019-3-18)
2)https://www.jspc.gr.jp/Contents/public/pdf/yogo_itami2011.pdf(参照 2019-4-8)
3)https://www.jspc.gr.jp/Contents/public/pdf/yogosyu_01_06.pdf(参照 2019-3-18)
4)花岡一雄: 痛みの定義と分類. 臨牀と研究. 1998; 75: 1459-1461.
5)永田雅章: 神経因性疼痛とは. 総合リハ. 2003; 31: 407-410.
2019年4月8日 改訂
2019年4月3日
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