筋緊張の定義の問題点

はじめに

従来の筋緊張の定義の問題点について考察したうえで,私が考える筋緊張の定義を提唱したいと思います。

筋緊張の一般的な定義

まずは文献から定義を引用します。

筋緊張(muscle tone)とは,筋が持続的に収縮している状態のことで,主に他動的に動かしたときの抵抗感のことをいう1)

筋は絶えず不随意に一定の緊張状態を保っている。この現象が筋緊張と定義される2)

骨格筋は,随意的に収縮をしていない時でも一定の緊張を保ち,姿勢や運動のコントロールに大きな役割を果たしている。この緊張を筋トーヌス(muscle tonus)と呼んでいる。臨床的には,弛緩状態にある四肢や体幹を他動的に動かしたときの抵抗を筋トーヌスとして表現する3)

どの本をみても,だいたいこのような定義が書かれていると思います。

一般的な定義の問題点

文献にある一般的な定義に関して私が引っかかっているところを説明します。

安静時筋緊張のみの定義になっていないか?

一般的な定義が姿勢筋緊張や運動時筋緊張を定義できているのかどうかが分かりません。
「随意的に収縮をしていない時でも」という表現は安静時筋緊張を強く連想します。
一方,「筋は絶えず不随意に一定の緊張状態を保っている」であれば,「絶えず」ですから,姿勢を保持しているときや動いているときも含まれそうです。
かなり曖昧な表現になっていると思います。

一定とは?

新明解国語辞典(第七版)では,一定とは「置かれた状況や個々の事情にかかわりなく,いつも決まった状態や様式を保つ(が保たれる)こと」とあります。
「一定の緊張」を普通に解釈すれば,緊張の程度は姿勢や運動をコントロールするときにも常に同じということになります。
そのような緊張が姿勢や運動のコントロールに大きな役割を果たすとは思えません。
このことからも,一般的な定義には姿勢筋緊張や運動時筋緊張が含まれていないのでは?という疑問が出てきます。

循環定義になっている

筋緊張を説明するのに緊張を使っています。
それでも意味は通じますが,学術用語としては不適切ということになるかもしれません。
さしあたり緊張の代わりに張力を使えばいいのではないでしょうか?

準備状態としての筋緊張

筋緊張の定義を考えていくうえで,準備状態という概念が必要ですので,ここで説明します。
まずは文献から引用します。

筋トーヌスは神経生理学的に神経支配のある筋が持続的にもっている筋の一定の緊張状態をいい,運動あるいは姿勢保持に際して骨格筋が活動する準備状態としての意味がある4)

筋緊張(muscle tone)はいわば骨格筋が活動するための準備状態であり,過不足が生じると運動の制限や効率低下を招く5)

筋紡錘の錘内筋線維への一定の連続した制御入力によって,筋が活動していなくても,必要に応じて筋が活動する準備ができている。この準備ができている状態を筋緊張と呼び,生来のこわばりや安静時の緊張によって特徴付けられる10)

準備状態について詳しく説明している文献を見つけることができなかったので,私の解釈を書きます。
筋が運動あるいは姿勢保持に必要な張力を生じるほどに収縮するにはある程度の時間が必要です。
全く収縮していない状態から収縮を始めるのであればより時間がかかります。
張力を必要とするタイミングに間に合わないということがありえます。
そこで,より早い段階で筋収縮を始めたり,常にある程度の筋収縮を維持していれば,より短時間で必要な張力を得ることができます。
逆に,筋は弛緩するのにも時間がかかります。
早めに弛緩を始めないと,弛緩が間に合わないということもあります。
次の活動に向けて事前に収縮や弛緩を始めて準備をしているこということです。

準備状態という概念が筋緊張の定義に明確に含まれているのを見たことがないのですが,定義に続けて書いてあることが多く,定義に含んでもいいような気がします。

姿勢筋緊張,運動時筋緊張とは

一般的な筋緊張の定義に姿勢筋緊張や運動時筋緊張が含まれていないのではと書きました。
では,姿勢筋緊張や運動時筋緊張とは何なのでしょうか?

いくつか引用します。

筋緊張は休止状態における筋の緊張状態と,さらに種々の運動,反射によってもたらされる不随意的な活動的な筋の緊張状態をいう6)

休止状態でないある一定の位置におかれた筋肉が,その新しい位置に適合した筋緊張をもつ。この筋緊張が姿勢または体位性筋緊張である7)

Postural tone is a term used to describe the development of muscular tension in particular muscles that are actively engaged in holding different parts of the skeleton in proper relationships to maintain particular postures8).

本項では姿勢を保持する筋活動を筋緊張と定義し,不良姿勢全般に影響を及ぼす体幹筋群を例に筋緊張の診かたを解説する9)

運動時筋緊張についてはっきりと定義しているものを見つけられていません。
姿勢保持も運動も理学療法の視点からは同じようなものですので,さしあたり,姿勢筋緊張と運動時筋緊張は同じものとし,姿勢筋緊張として述べます。

姿勢筋緊張は姿勢を保持するための筋活動であり,不随意な筋活動であるということになりそうです。
そうなると,姿勢筋緊張には骨格筋が活動する準備状態としての意味はないことになります。
そして,「筋緊張」と「姿勢を保持するための筋緊張ではない筋収縮」との区別がつかなくなります。

最初にあげた筋緊張の一般的な定義では,「一定の緊張を保つ」とありました。
つまり,緊張は変わらないということです。
しかし,姿勢筋緊張では「新しい位置に適合した筋緊張をもつ」ので,緊張は変わるということになります。
矛盾していますので,一般的な定義における「筋緊張」と姿勢筋緊張における「筋緊張」はまったく別物ということになってしまいます。

こうなると,安静時筋緊張と姿勢筋緊張を一緒に扱える筋緊張の定義が欲しくなります。

私が考える筋緊張の定義

ここからは私独自の筋緊張の解釈になります(私が知らないだけで,同じ解釈をしている人がいるのかもしれませんが,,,)。

「姿勢保持あるいは運動に際して,準備状態として発生している筋の張力が筋緊張である」としてはどうでしょうか?

こうすれば,安静時筋緊張も姿勢筋緊張も同じものとして扱うことができます。

安静時筋緊張は背臥位での姿勢筋緊張です。
背臥位を保持するための準備という考え方は分かりにくいかもしれません。
ある瞬間の背臥位の筋緊張は,その後も背臥位を続けるための準備としての筋緊張であると解釈します。
起き上がる直前であれば,起き上がりに必要な筋群の張力が上がり始めますが,背臥位を続けるのであれば,筋の張力は維持されます。

立位で上肢を挙上する際に,上肢挙上の主動作筋や,上肢を挙上してもバランスを崩さないようにするために必要な筋の張力をタイミングよく得るために,事前に始まっている筋収縮が筋緊張です。
姿勢を保持するための筋収縮は筋緊張ではなくなります。

歩行で遊脚期に弛緩している筋が立脚期には収縮する必要があるのなら,立脚期に入る少し前から収縮が始まります。
これも準備状態としての筋の張力です。

今のところ,私はこれでスッキリしています。
今後,矛盾点が出てくればすぐに報告したいと思います。

操作的な定義

筋緊張を他動的に動かしたときの抵抗感として定義することについて触れていませんでしたので,最後に書いておきます。

筋緊張を他動運動での抵抗感であるとしてしまうと,姿勢筋緊張の定義がかなり難しくなります。
立位を保持するための大腿四頭筋の筋緊張を定義するためには膝関節を他動で屈曲しなければなりません。
そんなことはできません。
おかしな定義ということになりますが,私は,これに関しては納得できています。
操作的な定義だからです。

一般的な筋緊張の定義は大きく二つに分けることができます。
一つは概念としての定義で,もう一つは操作的な定義です。
「筋が持続的に収縮している状態」という定義は筋緊張の概念を説明しています。
それに対して「他動的に動かしたときの抵抗感」という定義は,筋緊張の概念を実際の検査手技に落としこんだ操作的な定義になります。

おわりに

筋緊張の定義を深追いしてしまうと,臨床では不都合が生じるかもしれません。
特に学生のうちは,ざっくりと雰囲気を捉えるだけで十分なのかもしれませんね。

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参考文献

1)斉藤秀之, 加藤浩(編): 臨床思考を踏まえる理学療法プラクティス 筋緊張に挑む 筋緊張を深く理解し,治療技術をアップする!. 文光堂, 2015, ppIII.
2)斉藤秀之: 理学療法における筋緊張の再考, 臨床思考を踏まえる理学療法プラクティス 筋緊張に挑む 筋緊張を深く理解し,治療技術をアップする!. 斉藤秀之, 加藤浩(編), 文光堂, 2015, pp2-5.
3)和田太, 蜂須賀研二: 筋トーヌス. 総合リハ. 2000; 28: 257-262.
4)鴨下博: 痙縮の新しい理解. 臨床リハ. 2002; 11: 893-899.
5)増田知子: 姿勢と筋緊張, 臨床思考を踏まえる理学療法プラクティス 筋緊張に挑む 筋緊張を深く理解し,治療技術をアップする!. 斉藤秀之, 加藤浩(編), 文光堂, 2015, pp48-50.
6)平山惠造: 神経症候学. 文光堂, 1979, pp447.
7)平山惠造: 神経症候学. 文光堂, 1979, pp465.
8)Smith LK, Weiss EL, et al.: Brunnstrom’s Clinical Kinesiology(5th edition). F.A.Davis, 1996, pp114.
9)星昌博, 丸岡知昭: セルフケアにおける筋緊張の診かた, 臨床思考を踏まえる理学療法プラクティス 筋緊張に挑む 筋緊張を深く理解し,治療技術をアップする!. 斉藤秀之, 加藤浩(編), 文光堂, 2015, pp62-71.
10)武田功(統括監訳): ブルンストローム臨床運動学原著第6版. 医歯薬出版, 2013, pp103.

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