はじめに
歩行で重心が移動する軌跡は,真っ直ぐではなく,上下および左右に揺れながら進みます。
その振れ幅やピークのタイミングに関する数値にはかなりのばらつきがあります。
歩行の勉強の際に混乱してしまわなよう,整理してみました。
ペリー歩行分析
「ペリー 歩行分析 原著第 2 版1)」には異なる数値がたくさん出てきます。
25ページ
このページには 3 種類の数字が出てきます。
「垂直および水平の重心移動は.各方向にわずか 2.3 cm まで小さくなり,全体では 4.6 cm の円弧を描く」とあります。
これは Saunders らの論文2)から引用したものです。
その論文には以下のような数値も載っています。
上下移動の幅:1.8 インチ(≒4.6cm)
最も高くなるとき:25% GC と 75% GC
最も低くなるとき:50% GC
側方移動の幅:1.75 インチ(≒4.4cm)
次に,より正確な研究3)によるものとして,以下の数値が挙げられています。
上下移動の幅:3.2 ± 0.8 cm
側方移動の幅:3.5 ± 0.9 cm
最も高くなるタイミングについて,別の記載もあります。
「もっとも高い体幹の高さは. もっと後の立脚中期の終わりに起こる(29 % GC)」となっています。
重心の高さではなく,体幹の高さとなっていますが,同じものと考えて差し支えないと思います。
参考文献は明記されていません。
50ページ
最も高くなるタイミングについて,さらに別の記載があります。
「立脚終期の開始時(31 % GC)に重心は最も高い点にあり…」となっています。
83ページ
ここにはペリー自身の研究4)で得た数値が書かれています。
重心ではなく,頭部,体幹および骨盤の動きとして書かれています。
上下移動の幅:約 4.2 cm
最も高くなるとき:34% GC と 84% GC
最も低くなるとき:10% GC と 60% GC
側方移動の幅:最大 4.5 cm
最も外側に移動するとき:31% GC と 81% GC
中間点に戻るとき:50% GC
トレッドミルで 73 m / min の速さで歩いた場合の数値です。
中間点に戻るのは 2 回のはずですが,書かれていません。
0% GC のはずです。
上下移動には「約」,側方移動には「最大」がついています。
データとしてはそろっていません。
87ページ
「立脚終期の前半(34% GC)に踵の挙上を伴って体幹は最大に上昇する」とあります。
また,遊脚終期の開始時に HAT の位置はもっとも高い位置になるともあります。
何% GC なのかは書いていないのですが,遊脚終期の開始は 87% GC です。
1回の歩行周期で 2 回高くなるのですが,左右でみれば同時に起こることです。
34% GC と 87% GC であれば,同時ではありません。
参考文献は書かれていません。
HAT は Head, Arms, Trunk の略です。
観察による歩行分析
この文献5)も 2 つの数値が載っています。
パッセンジャーの動きとして書かれています。
パッセンジャーとは,頭部,頸部,体幹,骨盤,上肢のことです。
22 – 23 ページ
上下移動の幅:約 2.5 cm
側方移動の幅:4.5 cm
最も外側に移動するとき:31% GC と 81% GC
中間点に戻るとき:50% GC
上下動の幅の数値は,ペリー歩行分析原著第 1 版からきているようです。
日本語の第 2 版にはそのような数値はありませんので,ちょっと不思議です。
側方移動の幅の数値は,Inman の Human Walking6)からの引用です。
ただ,その Human Walking で私が見つけた記述は「4 to 5 cm」でした(全部は読めていません)。
34 ページ
重心動揺の大きさとして書かれています。
上下移動の幅:2.3 cm
側方移動の幅:4.6 cm
参考文献は明記されていません。
22 – 23 ページの数値とは数 mm の違いです。
この微妙な違いはどこからきているのかは謎です。
また,35 ページの図ではおよそ 2 cm と 4 cm としています。
筋骨格系のキネシオロジー
上下移動の幅:5 cm
最も高くなるとき:30% GC と 80% GC
最も低くなるとき:5% GC と 55% GC
側方移動の幅:4 cm
最も外側に移動するとき:30% GC と 80% GC
中間点に戻るとき:5% GC と 55% GC
参考文献は明記されていません。
基礎運動学
基礎運動学第 6 版補訂8)にも載っています。
上下移動の幅:4.5 cm
側方移動の幅:3 cm
移動のタイミングの数値は書かれていませんが,グラフはあります。
筋骨格系のキネシオロジーにある数値に近そうです。
「踵接地で最低となる」と書いてあるのですが,グラフとは一致しません。
移動の幅については「振幅」と書かれています。
この記事ではここまで「移動の幅」の定義を明示してきませんでしが,例えば上下移動の幅というのは一番高いところから低いところまでの距離のことです。
振幅はその半分です(図1)。
その振幅に関して気になるところがあります。
上下移動については「振幅は,およそ 4.5 cm である。頭部の上下方向の動きを測定すると,自然歩行では 4.8 ± 1.1 cm,速い歩行では 6.0 ± 1.3 cm になる」と書かれています。
そして,側方移動については「重心の側方移動は…振幅がおよそ 3 cm の正弦曲線となる。頭部の左右方向の動きは,自然歩行では 5.8 ± 2.0 cm,速い歩行では 5.0 ± 2.1 cm になる」と書かれています。
3 cm が 5.8 cm とおよそ2倍になっていますから,最初の 3 cm は振幅という用語を定義通りに使っているのかもしれません。
しかし,上下移動のところでは, 4.5 cm と 4.8 cm ですから,振幅という用語を誤って使っている可能性があります。
一覧表
様々な数値を一覧表にしてまとめました。
上下幅 | 最高(% GC) | 最低(% GC) | 側方幅 | 最大(% GC) | 中間(% GC) | |
ペリー歩行分析,p25 | 4.6 cm | 25,75 | なし | 4.4 cm | なし | なし |
ペリー歩行分析,p25 | 3.2 ± 0.8 cm | なし | なし | 3.5 ± 0.9 cm | なし | なし |
ペリー歩行分析,p25 | なし | 29 | なし | なし | なし | なし |
ペリー歩行分析,p50 | なし | 31 | なし | なし | なし | なし |
ペリー歩行分析,p83 | 4.2 cm | 34,84 | 10,60 | 4.5 cm | 31,81 | 50 |
ペリー歩行分析,p87 | なし | 34,87 | なし | なし | なし | なし |
観察による歩行分析,p22-23 | 2.5 cm | なし | なし | 4.5 cm | 31,81 | 50 |
観察による歩行分析,p34 | 2.3cm(約 2 cm) | なし | なし | 4.6cm(約 4 cm) | なし | なし |
筋骨格系のキネシオロジー | 5 cm | 30,80 | 5,55 | 4 cm | 30,80 | 5,55 |
基礎運動学 | 4.5cm | なし | なし | 3 cm | なし | なし |
おわりに
かなりのばらつきがあることが分かりました。
どれがより正確な数値であるのかが気になりますが,文献を入手できず,さらなる調査はいったん諦めます。
臨床的には,重心は荷重応答期に低くなり立脚中期に高くなるとだけ覚えていれば充分ではないでしょうか?
養成校などで試験を作る場合には注意が必要です。
こちらもおすすめ
ランチョ・ロス・アミーゴ方式の歩行周期の定義(従来の用語との関連)
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スポンサーリンク参考文献
1)武田功(統括監訳): ペリー 歩行分析 原著第2版 -正常歩行と異常歩行- .医歯薬出版, 2017.
2)Saunders JB, Inman VT, et al.: The major determinants in normal and pathological gait. J Bone Joint Surg Am. 1953; 35: 543-558.
3)Iida H, Yamamuro T: Kinetic analysis of the center of gravity of the human body in normal and pathological gaits. J Biomech. 1987; 20: 987-95. doi: 10.1016/0021-9290(87)90328-9.
4)Waters RL, Morris J, Perry J: Translational motion of the head and trunk during normal walking. J Biomech. 1973; 6: 167-172. doi: 10.1016/0021-9290(73)90085-7.
5)月城慶一, 山本澄子, 他(訳): 観察による歩行分析. 医学書院, 2006.
6)Inman VT, Ralston HJ, et al.: Human Walking. Williams & Wilkins, 1981.
7)P. D. Andrew, 有馬慶美, 他(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020, pp732-734.
8)中村隆一, 齋藤宏, 他: 基礎運動学(第6版補訂). 医歯薬出版, 2013, pp262.
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2020 年 12 月 6 日
2021 年 9 月 26 日
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