肩甲骨を胸郭に押し付ける作用のある筋は前鋸筋だけか?

はじめに

国家試験に,肩甲骨を胸郭に押し付ける作用のある筋を選ぶ問題があります。
解説と疑問点をまとめました。

まずは問題を引用します。

第 54 回理学療法士国家試験午前問題 701)

肩甲骨を胸郭に押し付ける作用のある筋はどれか。
1.大胸筋
2.広背筋
3.前鋸筋
4.鎖骨下筋
5.肩甲挙筋

簡単に解説します。

正解は 3. 前鋸筋です。

この問題は前鋸筋麻痺による翼状肩甲に関連する問題ですね。
前鋸筋の筋力低下があると,上肢を挙上しようとした時に肩甲骨の内側縁が胸郭から浮き上がります。
つまり,前鋸筋には肩甲骨を胸郭に押し付ける作用があります。

次に,いったん問題から離れて基本的なところを確認していきます。

前鋸筋の作用

起始は第 1 〜 9 肋骨で,停止は肩甲骨内側縁です。
肩甲骨の外転と上方回旋に作用します。

そして,肩甲骨内側縁を肋骨(胸郭)に対して押し付ける作用があります2,3)
肩甲骨が上方回旋するとき,前鋸筋と僧帽筋中部線維には肩甲骨を外旋する作用もあり(図 1),肩甲骨の内側縁が胸郭に押し付けられます6)

上肢挙上時の,上から見た,前鋸筋と僧帽筋中部線維の作用する方向
図 1: 上肢挙上時の,上から見た,前鋸筋と僧帽筋中部線維の作用する方向

ちなみに,前鋸筋の肩甲骨を胸郭に押し付ける作用は臨床的には重要ですが,意外にも解剖学や運動学の教科書に載っていないことがあります。

前鋸筋以外の肩甲骨を胸郭に押し付ける作用がある筋

肩甲骨を胸郭に押し付ける作用があると文献に明記されているのは以下の筋です。

大・小菱形筋

大・小菱形筋には肩甲骨を胸郭に押し付ける作用があります2)

僧帽筋

上部線維,中部線維,下部線維ともに,肩甲骨を胸郭に押し付ける作用があります6)

そして,僧帽筋の筋力低下があると翼状肩甲が生じます4)

小胸筋

烏口突起を前方に引きますので,肩甲骨の外側を胸郭に押し付けることができます6)

他の選択肢の筋には「押し付ける作用」はないのか?

問題に戻ります。

前鋸筋に肩甲骨を胸郭に押し付ける作用があるのは確かですが,問題が成り立つためには,他の筋にはその作用がないことが必要です。

肩甲骨から始まり,前方に走る筋であれば,肩甲骨を前に引っ張ることができ,胸郭に押し付ける作用があることになります。
そして,他の選択肢の筋にも,理論的には肩甲骨を胸郭に押し付ける作用がありそうなのです。
一つずつみていきましょう。

大胸筋

大胸筋は,胸郭の前面から上腕骨大結節稜に向かってやや後ろ向きに走ります。
ですので,上腕骨を介してですが,肩甲骨を前に引いて,胸郭に押し付けることができそうです。
いわゆる腕立て伏せをするときには,前鋸筋と大胸筋が強く働きます。
そのとき,肩甲骨の内側を胸郭に押し付けるのは前鋸筋ですが,外側を押し付けるのは大胸筋ではないでしょうか?

広背筋

走行を大まかにみると,肩甲骨の後ろからきて,肩甲骨の前で,上腕骨に停止します。
どちらかというと肩甲骨を胸郭から引き離す作用がありそうです。
しかし,肩甲骨の下角の表層をおおうように走りますので,下角を胸郭に押し付ける作用があるかもしれません。

鎖骨下筋

起始は第 1 肋骨と肋軟骨の連結するあたりで,停止は鎖骨の下面です。
鎖骨下筋の作用について詳しく書いているものを見つけられていないのですが,鎖骨を前方に出すとしている文献5)があります。
鎖骨を前方に出すのであれば,肩甲骨を胸郭に押し付けることになります。

肩甲挙筋

起始は第 1 〜 4 頸椎の横突起後結節で,停止は肩甲骨上角と内側縁です。
肩甲骨上角からみれば,頸椎は前にあります。
上角を前に引くことになりますから,肩甲骨を胸郭に押し付ける作用があるはずです。

以上の考察が正しければ,今回取り上げた問題は,不適切問題になるのかもしれません。
「肩甲骨の内側縁を胸郭に押し付ける作用のある筋はどれか」とすればよさそうです。

おわりに

肩甲骨は肩関節の運動の際には,ほとんど常に胸郭に密着しています。
肩関節の構造は複雑で,可動範囲も大きいため,肩甲骨を常に胸郭から離れないようにするという課題を少数の筋でまかなうのは難しそうです。
つまり,肩甲骨に付着する筋の全てに,肩甲骨を胸郭に押し付ける作用があるのかもしれません。

国家試験に合格するためだけなら,翼状肩甲を暗記していれば十分でしょう。
でも,運動学を実際に応用して理学療法を行うためには,運動学をより深く理解しておく必要があります。
今回とりあげた国家試験問題は,筋の作用についてより深く勉強するきっかけになるかもしれませんね。

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参考文献

1)第54回理学療法士国家試験、第54回作業療法士国家試験の問題および正答について
2)越智淳三(訳): 解剖学アトラス(第3版). 文光堂, 2001, pp73.
3)金子丑之助: 日本人体解剖学上巻(改訂19版). 南山堂, 2002, pp276.
4)北村 貴弘, 三浦 裕正, 他: 当科における翼状肩甲症例の検討. 整形外科と災害外科. 1998; 47: 1147-1149.
5)津山直一, 中村耕三(訳): 新・徒手筋力検査法(原著第9版). 協同医書出版社, 2015, pp460.
6)P. D. Andrew, 有馬慶美, 他(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020, pp167-183.

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2020 年 6 月 16 日

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