肩甲胸郭関節の解剖と運動:基本情報のまとめ

はじめに

肩甲胸郭関節 scapulothoracic joint の解剖(構造)と運動について基本的なところをまとめます。

目次

肩甲胸郭関節を構成する骨と関節面

  • 肩甲骨の前面(肋骨面)
  • 胸郭の後外側面

肩甲胸郭関節は機能的関節(仮性関節,擬似関節)です。
滑膜関節ではありません。
胸郭が凸面,肩甲骨が凹面で,可動性があり,関節のように動きます。

肩甲骨と胸郭の骨は直接触れていません。
運動が生じるのは,主に,前鋸筋の筋膜と胸郭上の筋膜との間です2)

関節の分類

  • 可動性による分類:該当せず
  • 関節面の形状と動きによる分類:該当せず
  • 運動軸による分類:3 軸性
  • 骨数による分類:複関節

関節面の形状と動きによる分類をあえて行うのであれば,平面関節あるいは球関節だと思います。

関節周囲の結合組織(靱帯など)

肩甲胸郭関節の靱帯はありません。

滑液包が 2 つがあります。

  • Infraserratus bursa:前鋸筋と胸郭の間
  • Supraserratus bursa:肩甲下筋と前鋸筋の間

他にも機械的な刺激によって生じる滑液包(adventitial bursae)があります16,17)
滑液包については,教科書等には書かれていないことが多く,国家試験などでは覚える必要はないと思いますが,滑液包炎を起こすことがあるため,臨床では必要です。

肩甲骨の動きを表す用語

ややこしい話になってしまいますが,肩甲胸郭関節の運動と肩甲骨の動きは同じではありません。
肩甲胸郭関節の動きといった場合は,胸郭に対して肩甲帯全体がどちらに動くのかを見ます。
一方,肩甲骨の動きといった場合は,三次元空間の座標軸に対して肩甲骨がどのように動くのかを見ます。
この違いは文献等では曖昧になっていることが多いような気がします。

まずは,肩甲骨の動きを表す用語を整理したいと思います。
肩甲骨は胸郭上で浮いているようなものですので,ある運動軸で回転するだけでなく,肩甲骨全体の平行移動も生じます。

回転運動

  • 上方回旋と下方回旋:前額面における前後軸での回転
  • 内旋と外旋:水平面における垂直軸での回転
  • 前傾と後傾:矢状面における内外側軸での回転
肩甲骨の回転運動
図 1: 肩甲骨の回転運動

回転運動を表す用語は,肩鎖関節の運動を表す用語と同じです。
しかし,運動軸の場所については文献には明記されていません。
肩鎖関節の場合は肩鎖関節の近くに運動軸があるはずですが,肩甲骨の動きを表す場合は肩甲骨の中央あたりになりそうです。

並進運動

  • 前額面における上下方向への移動
  • 水平面における内外側方向への移動
  • 矢状面における前後方向への移動

これらの並進運動に名前があるのかどうかは分かりませんでした。
今回調べてみた文献では,並進運動について明記しているものはありません。
しかし,前額面における上下方向への移動は挙上と下制,水平面における内外側方向への移動は外転と内転と呼んでもいいのかもしれません。

肩甲胸郭関節の運動

肩甲胸郭関節の運動は,胸鎖関節と肩鎖関節で生じる運動が組み合わさったものです。

肩甲骨が胸郭上を滑るように動きが主です。

挙上と下制

肩甲骨が上下に動きます。

挙上は胸鎖関節の挙上と肩鎖関節の下方回旋の組み合わせになり,下制はその逆です。

ほぼ並進運動で,まっすぐ上下します。

  • 挙上の可動域:20° 3)または 10 cm 2)
  • 挙上の制限因子:記載なし
  • 挙上のエンドフィール:記載なし

可動域の cm 表示がありますが,どこを測定しているのかについては文献には書かれていませんでした。
以下も同様です。

  • 下制の可動域:10° 3)または 2 cm 2)
  • 下制の制限因子:記載なし
  • 下制のエンドフィール:記載なし

前方突出と後退(外転と内転)

水平面における垂直軸での動きで,胸郭の周りを肩甲骨が回るような動きです。

前方突出は背中を丸めるような動きで,肩甲帯が前に動きます。
左右の肩甲骨が離れていく動きです。
前方へのリーチ動作でも前方突出が起こります。
ただし,上肢下垂位での前方突出と上肢前方挙上位での前方突出では,肩甲骨の動き方は変わるはずです。

後退は胸を張るような動きで,肩甲帯が後ろに動きます。
左右の肩甲骨は近づきます。
物を自分の体の方に引っ張るときの動きです。

前方突出は,胸鎖関節での前方突出と肩鎖関節の内旋の組み合わせです。

  • 前方突出の可動域:20° 3)または 10 cm2)
  • 前方突出の制限因子:記載なし
  • 前方突出のエンドフィール:記載なし
  • 後退の可動域:20° 3)または 5 cm2)
  • 後退の制限因子:記載なし
  • 後退のエンドフィール:記載なし

上方回旋と下方回旋

上肢の挙上・下制に伴う肩甲骨の回転です。
上方回旋では肩甲骨の関節窩が上を向き,下方回旋では下を向きます。

肩関節を屈曲して肩甲胸郭関節が上方回旋するときの肩甲骨の動きは,上方回旋と後傾で,内外旋はわずかです18)

  • 上方回旋の可動域:60°
  • 上方回旋の制限因子:記載なし
  • 上方回旋のエンドフィール:記載なし
  • 下方回旋の可動域:記載なし
  • 下方回旋の制限因子:記載なし
  • 下方回旋のエンドフィール:記載なし

しまりの肢位(CPP)と最大ゆるみの肢位(LPP)

記載なし。
おそらく機能的関節は該当しない。

作用する筋

主動作筋と補助動筋に分けていますが,その区別の基準は決まっていないようです。
ここでは基礎運動学11)や徒手筋力テスト15)などを参考にして分けています。

挙上に作用する筋

  • 主動作筋
    • 僧帽筋上部線維
    • 肩甲挙筋
    • 大菱形筋
    • 小菱形筋
  • 補助動筋
    • なし

下制に作用する筋

  • 主動作筋
    • 僧帽筋下部線維
    • 広背筋
    • 小胸筋
    • 鎖骨下筋
  • 補助動筋
    • なし

前方突出に作用する筋

  • 主動作筋
    • 前鋸筋
    • 小胸筋
  • 補助動筋
    • なし

小胸筋の前方突出の作用は弱いため1),補助動筋に入れたほうがいいのかもしれません。

後退に作用する筋

  • 主動作筋
    • 僧帽筋中部線維
    • 大菱形筋
    • 小菱形筋
  • 補助動筋
    • 僧帽筋上部線維
    • 僧帽筋下部線維
    • 肩甲挙筋

菱形筋は後退とともに挙上に働き,僧帽筋下部線維は後退とともに下制に働きます。
菱形筋と僧帽筋下部線維が同時に働くことで,挙上と下制は相殺されて後退に作用します1)
ですので,僧帽筋下部線維は主動作筋に入れた方がいいのかもしれません。

上方回旋に作用する筋

  • 主動作筋
    • 前鋸筋
    • 僧帽筋上部線維
    • 僧帽筋下部線維
  • 補助動筋
    • なし

下方回旋に作用する筋

  • 主動作筋
    • 大菱形筋
    • 小菱形筋
    • 小胸筋
  • 補助動筋
    • 肩甲挙筋

肩甲骨と上腕骨をつなぐ筋は,上腕骨が固定されていれば,肩甲骨の運動に作用します。
今回は挙げていませんが,臨床的には忘れてはいけない筋群です。

肩甲骨に付着する筋はこちら

その他の特徴

肩甲骨はほぼ全ての方向に動きうるため,筋の作用は複雑になります。
複数の筋が共同で働くことがほとんどです。

例として,僧帽筋中部線維の場合を説明します。

僧帽筋中部線維による肩甲骨の挙上

僧帽筋中部線維の作用は一般的には肩甲胸郭関節の後退ですが,挙上にも作用します10)
胸鎖関節よりも肩鎖関節の方が高いところにあり,僧帽筋中部線維が肩鎖関節のあたりを内側に引っ張る力は,胸鎖関節の挙上に変換されます。

僧帽筋中部線維による肩甲骨の挙上
図 2: 僧帽筋中部線維による肩甲骨の挙上

上方回旋における僧帽筋中部線維の作用

肩甲胸郭関節の上方回旋に作用するのは前鋸筋,僧帽筋上部,僧帽筋下部ですが,上方回旋の際には中部線維も働きます。
これは,前鋸筋による強力な前方突出の作用を中和するためです1)

おわりに

肩甲胸郭関節についてより深く学ぶときには,この記事では省略したフォースカップルについて学ぶといいかと思います。

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参考文献

1)P. D. Andrew, 有馬慶美, 他(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020, pp150-151.
2)武田功(統括監訳): ブルンストローム臨床運動学原著第6版. 医歯薬出版, 2013, pp169-170.
3)米本恭三, 石神重信, 他: 関節可動域表示ならびに測定法. リハビリテーション医学. 1995; 32: 207-217.
4)博田節夫(編): 関節運動学的アプローチ AKA. 医歯薬出版, 1997, pp13-17. 載ってない
5)秋田恵一(訳): グレイ解剖学(原著第4版). エルゼビア・ジャパン, 2019, pp577. 載ってない
6)金子丑之助: 日本人体解剖学上巻(改訂19版). 南山堂, 2002, pp185. 載ってない
7)越智淳三(訳): 解剖学アトラス(第3版). 文光堂, 2001, pp57. 載ってない
8)富雅男(訳): 四肢関節のマニュアルモビリゼーション. 医歯薬出版, 1995, pp135-136. 載ってない
9)荻島秀男(監訳): カパンディ関節の生理学 I 上肢. 医歯薬出版, 1995, pp40-45.
10)山嵜勉(編): 整形外科理学療法の理論と技術. メジカルビュー社, 1997, pp206.
11)中村隆一, 斎藤宏, 他:基礎運動学(第6版補訂). 医歯薬出版株式会社, 2013, pp216-221.
12)木村哲彦(監修): 関節可動域測定法 可動域測定の手引き. 共同医書出版, 1993.
13)板場英行: 関節の構造と運動, 標準理学療法学 専門分野 運動療法学 総論. 吉尾雅春(編), 医学書院, 2001, pp20-41.
14)大井淑雄, 博田節夫(編): 運動療法第2版(リハビリテーション医学全書7). 医歯薬出版, 1993, pp165-167.
15)津山直一, 中村耕三(訳): 新・徒手筋力検査法(原著第9版). 協同医書出版社, 2015.
16)豊川剛二, 庄司文裕, 他: 関節リウマチ患者の肩甲胸郭関節に生じた滑液包炎の1例. 日呼外会誌. 2009; 23: 36-40.
17)Kuhn JE, Plancher KD, et al.: Symptomatic scapulothoracic crepitus and bursitis. J Am Acad Orthop Surg. 1998; 6: 267-273. doi: 10.5435/00124635-199809000-00001.
18)乾哲也: セラピストのための肩甲骨キネマティクス-最新の3次元動作解析による研究と臨床応用. Sportsmedicine. 2018; 205: 2-7.

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2021 年 9 月 29 日

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