はじめに
二重神経支配の筋とは,複数の神経に支配されている筋のことです。
その二重神経支配の筋を覚える意味をまとめてみました。
後半は二重神経支配の筋の全リストです。
二重神経支配の筋を覚える意味
ある末梢神経が完全に断裂した場合,その神経のみに支配される筋であれば,その筋の筋力は完全に失われます。
でも,二重神経支配の筋であれば,1 本の神経が断裂しても,別の神経が生きているので,ある程度の筋力が保たれます。
神経損傷による症状を考えるうえで重要な知識です。
支配神経によって作用が異なる場合があります。
大内転筋では,閉鎖神経支配の線維は股関節内転に作用し,坐骨神経支配の線維は股関節伸展に作用します。
また,二重神経支配になっている理由を想像してみることを通して,解剖学の知識が深まります。
二重神経支配の筋は,多頭筋や多腹筋であったり,幅広かったり,「端っこ」であったりします。
内転筋群は閉鎖神経に支配されますが,恥骨筋は大腿神経,大内転筋は坐骨神経にも支配されます。
この 2 つの筋は内転筋群の両端で,恥骨筋は大腿神経に支配される筋群に近い側,大内転筋は坐骨神経に支配される筋群に近い側にあります。
筋の並び方は複雑なところもあり,端という表現は良くないかもしれませんが,筋の並びを印象づけてくれます。
短母指屈筋は浅頭が正中神経,深頭が尺骨神経に支配されます。
このことで短母指屈筋が多頭筋であることが印象づけられます。
筋やその神経支配を覚えるのは大変ですが,様々な視点で少しづつ覚えていけばいいと思います。
二重神経支配の筋の全リスト
以下は二重神経支配の筋のリストです。
主に基礎運動学1)からリストアップし,他の解剖学のテキスト2-4)と相違がないかも確認しています。
筋の神経支配は,正確に分かっていなかったり,個人差もあったりします。
テキストによる違いや,疑問点などは,後で補足します。
- 胸鎖乳突筋:副神経,頸神経叢
- 顎二腹筋 前腹:顎舌骨筋神経(三叉神経),後腹:顔面神経
- 肩甲挙筋:肩甲背神経,頸神経
- 僧帽筋:副神経,頸神経
- 横突間筋:脊髄神経後枝,脊髄神経前枝
- 錐体筋:肋間神経,腸骨下腹神経
- 内腹斜筋:肋間神経,腸骨鼡径神経,腸骨下腹神経
- 腹横筋:肋間神経,腸骨鼡径神経,腸骨下腹神経,陰部大腿神経
- 大胸筋:内側胸筋神経,外側胸筋神経
- 小胸筋:内側胸筋神経,外側胸筋神経
- 上腕筋:筋皮神経,ときに橈骨神経
- 円回内筋:正中神経,ときに筋皮神経
- 深指屈筋:正中神経,尺骨神経
- (手の)短母指屈筋 浅頭:正中神経,深頭:尺骨神経
- (手の)虫様筋:正中神経,尺骨神経
- 掌側骨間筋:尺骨神経,橈骨側の一部は正中神経を受けることがある
- (手の)背側骨間筋:尺骨神経,橈骨側の一部は正中神経を受けることがある
- 恥骨筋:大腿神経,閉鎖神経
- 大内転筋 深層:閉鎖神経,表層:坐骨神経
- 大腿二頭筋 長頭:脛骨神経,短頭:腓骨神経
- 母趾外転筋:内側足底神経,外側足底神経
- 短母趾屈筋:内側足底神経,外側足底神経
- (足の)虫様筋:内側足底神経,外側足底神経
- 口蓋帆挙筋:咽頭神経叢(舌咽神経,迷走神経,副神経)
- 口蓋垂筋:咽頭神経叢(舌咽神経,迷走神経,副神経)
- 口蓋舌筋:咽頭神経叢(舌咽神経,迷走神経,副神経)
- 口蓋咽頭筋:咽頭神経叢(舌咽神経,迷走神経,副神経)
- 上咽頭収縮筋:咽頭神経叢(舌咽神経,迷走神経,副神経)
- 中咽頭収縮筋:咽頭神経叢(舌咽神経,迷走神経,副神経)
- 下咽頭収縮筋:咽頭神経叢(舌咽神経,迷走神経,副神経)
補足
前斜角筋,中斜角筋,頸長筋
前斜角筋,中斜角筋,頸長筋は基礎運動学では頸神経前枝となっていますが,日本人体解剖学では頸神経叢および腕神経叢の枝となっています。
外腹斜筋
外腹斜筋は基礎運動学では肋間神経だけです。
しかし,日本人体解剖学の第 18 版では肋間神経,腸骨下腹神経,腸骨鼡径神経となっています。
でも同じ日本人体解剖学の第 19 版では肋間神経だけです。
母趾外転筋
母趾外転筋は,基礎運動学では内側足底神経と外側足底神経ですが,日本人体解剖学と解剖学アトラスでは内側足底神経のみとなっています。
肩甲挙筋と僧帽筋
基礎運動学で肩甲挙筋と僧帽筋は頸神経となっています。
間違いではないでしょうが,頸神経叢とする方がよさそうです。
頸神経というというのは分類の上流の名前です。
頸神経から肩甲背神経が分かれていきますから。
横突間筋
横突間筋は基礎運動学では脊髄神経後枝と脊髄神経前枝となっています。
また,MMT のテキスト9)には,頸前横突間筋は脊髄神経前枝,頸後横突間筋は脊髄神経後枝となっています。
日本人体解剖学では,頸および腕神経叢の枝と第 1 〜 第 5 腰神経後枝の外側枝に支配されていると書かれています。
頸部では前枝,腰部では後枝であるということのようです。
横突間筋は複数あるのですが,一つ一つでみれば二重神経支配ではないのかのしれません。
錐体筋
錐体筋は,基礎運動学など1,2)では,肋下神経支配となっていて,二重神経支配ではありません。
リストにあるのは,骨格筋の形と触察法7)からの情報です。
また,他の文献5)には,Th 12 から始まり腹直筋枝と共同幹をなす神経と, L 1 から始まり内腹斜筋枝と共同幹をなす神経による二重神経支配であるという報告もあります。
個体差があるようです。
表情筋
表情筋は顔面神経支配ですが,顔面神経の枝のレベルでみれば,複数の枝に支配される表情筋があります。
そのような場合は二重神経支配とはしないようです。
顔面神経の複数の枝に支配される筋は以下の 5 つです。
- 眼輪筋:側頭枝,頰骨枝
- 皺眉筋:側頭枝,頰骨枝
- 眉毛下制筋:側頭枝,頰骨枝
- 下唇下制筋:頬筋枝,下顎縁枝
- 口輪筋:頬筋枝,下顎縁枝
虫様筋
虫様筋も前述の横突間筋のように複数あります。
手の虫様筋では,橈側の 2 筋は正中神経支配,尺側の 2 筋は尺骨神経支配です。
足の虫様筋では,内側の 2 筋は内側足底神経,外側の 2 筋は外側足底神経支配です。
個別にみれば,二重神経支配ではありません。
口蓋や咽頭の筋
口蓋や咽頭の筋は,咽頭神経叢に支配され,咽頭神経叢は,舌咽神経,迷走神経,副神経で構成されます。
文献2-4,8,9)によって,舌咽・迷走・副神経の組み合わせが異なります。
違いを全て挙げるとかなり長くなりますので,ここでは省略します。
おわりに
そもそも,二重神経支配の定義が曖昧ですので,注意が必要です。
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参考文献
1)中村隆一, 斎藤宏, 他:基礎運動学(第6版補訂). 医歯薬出版株式会社, 2013.
2)金子丑之助:日本人体解剖学上巻(改訂19版). 南山堂, 2002.
3)金子丑之助:日本人体解剖学第1巻(第18版). 南山堂, 1993.
4)越智淳三(訳):解剖学アトラス(第3版). 文光堂, 2001.
5)時田幸之輔, 深澤幹典, 他:錐体筋の形態形成について. 理学療法学. 2006; 33(suppl 2): 424.
6)時田幸之輔, シャーマバンネヘカ, 他:錐体筋とその支配神経. 理学療法学. 2005; 32(suppl 2): 209.
7)河上敬介, 磯貝香(編): 骨格筋の形と触察法(改訂第2版). 大峰閣, 2013.
8)秋田恵一(訳): グレイ解剖学(原著第4版). エルゼビア・ジャパン, 2019, pp677-920.
9)津山直一, 中村耕三(訳): 新・徒手筋力検査法(原著第10版). 協同医書出版社, 2022, pp457-517.
2021 年 6 月 9 日
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