はじめに
理学療法士国家試験において,肩甲上腕リズムに関する問題が出題されていました。
その問題を通して,国家試験のあり方について私が感じていることを書きたいと思います。
肩甲上腕リズムとは1)
まずは肩甲上腕リズムについての復習です。
肩甲上腕リズムとは,上肢の挙上における,肩甲上腕関節の運動と肩甲胸郭関節の運動の関係のことであり,その比は 2 : 1 です。
肩甲上腕関節が 2° 動くと肩甲胸郭関節は 1° 動きます。
外転の最初の 30° と屈曲の最初の 60° では,肩甲骨の動きは様々で個人差が大きく,肩甲胸郭関節が動かないこともあります。
挙上初期の個人差は,安静時の肩甲骨のアライメントの個人差によって生じると考えられています。
外転 30° あるいは屈曲 60° を超えると,肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節の運動の割合は一定で 2 : 1 になります。
研究(文献)による違い
比の数値は,研究によって 1.25 : 1 から 2.9 : 1 とばらつきがあります2)。
若年者で 3.5 : 1,高齢者で 4.4 : 1 という報告6)もあります。
上肢の挙上角度によって比が変わるということも分かってきましたが,その値も研究による違いがあります。
しかし,下垂位に近いほど肩甲上腕関節の割合が高く,挙上位になるほど肩甲胸郭関節の割合が高くなることは共通しています7)。
これらの違いは測定方法の違いなどから生じています。
最初に 2 : 1 という数値を報告したのは Inman ですが,その論文1)には研究方法の詳細や具体的な結果の数値は書かれていません。
ですので,そもそも 2 : 1 という数値もあまり信用できる数値ではありません。
国家試験
第 56 回理学療法士国家試験 午後 問題 70
肩関節外転 150° の時の肩甲上腕関節外転角度で正しいのはどれか。
1.40°
2.60°
3.80°
4.100°
5.120°
正解 4
各選択肢における肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節の運動の比を求めると以下のようになります。
1.40 : 110 ≒ 0.36 : 1
2.60 : 90 ≒ 0.67 : 1
3.80 : 70 = 1.14 : 1
4.100 : 50 = 2 : 1
5.120 : 30 = 4 : 1
通常は,肩甲上腕リズムは 2 : 1 ですので,正解は 4 です。
では次に,少しだけ掘り下げて考えてみましょう。
正しいかどうかを決めるための基準
正しいかどうかを決めるためには,必ず何らかの決まりに基づく必要があります。
この問題の場合は,「肩甲上腕リズムは 2 : 1 である」ということに基づけば正解は 4 です。
しかし,「肩甲上腕リズムは 1.25 : 1 である」と考えている人にとっては,この問題は「解なし」になります。
何に基づけばいいのかを明示していないこの問題は,厳密には問題として成り立っていません。
問題の条件設定
問題の条件設定も大切です。
問題文には条件が全く書かれておらず,どんな集団の,あるいは誰の肩甲上腕関節外転角度なのかが分かりません。
ですので,例えば「私が担当した患者の肩甲上腕リズムは 4 : 1 だったから,正解は 5 である」という主張も間違いだとは言い切れなくなります。
この点でも,問題として成り立っていません。
この問題が成り立つためには,少なくとも「1944年の Inman の論文に基づいて解け」ということを示さなければならないのですが,どのように示したらいいのかは分かりません。
Inman の論文に基づけばこの問題は解けるのか
よく考えると,Inman の論文に基づくことを示せたとしても,この問題は解けません。
Inman は,外転の最初の 30° では個人差があると書いています。
例えば,最初の 30° の間に肩甲胸郭関節が動いていなかった場合を考えてみます。
最初は肩甲上腕関節だけが 30° 外転します。
そして,肩関節外転 30° から 150°までは2 : 1 で動くとして,肩甲上腕関節が 80°,肩甲胸郭関節が 40° 動きます。
ですので,肩甲上腕関節の外転角度は 110° です。
つまり,最終的な外転角度と肩甲上腕リズムの比の値だけから,肩甲上腕関節の外転角度を決めることはできないということです。
問題の条件として,「肩甲上腕リズムの比の値は,肩関節外転角度によらず一定である」という条件がないと,問題として成り立ちません。
おわりに
国家試験は,事実やより真実に近い理論に基づいて解くのではなく,出題者の意図を汲み取りつつ,ちょっと古い教科書に書いてあることに基づいて解くということになります。
このことは,私が指摘するまでもなく,ずっと前から多くの方が指摘してきたことです。
現実の世界はそういうものなのだとは思いますが,私としては,好ましいことではないと感じています。
あわせて読みたい
参考文献
1)Inman VT, Saunders JB, et al.: Observations of the function of the shoulder joint 1944. Clin Orthop Relat Res. 1996; 330: 3-12.
2)P. D. Andrew, 有馬慶美, 他(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020, pp164.
3)武田功(統括監訳): ブルンストローム臨床運動学原著第6版. 医歯薬出版, 2013, pp176-177.
4)中村隆一, 齋藤宏, 他: 基礎運動学(第6版補訂). 医歯薬出版, 2013, pp219.
5)衛藤正雄: 肩関節のバイオメカニズムと運動療法 キネシオロジー:正常と異常. 臨床リハ. 1995; 4: 11-15.
6)中村壮大, 勝平純司, 他: 若年者と高齢者における肩甲上腕リズムの比較. 理学療法科学. 2016; 31: 547-550.
7)山本昌樹: 肩関節複合体の正常運動学. 臨床スポーツ医学. 2019; 36: 132-142.
2021 年 9 月 23 日
2021 年 7 月 30 日
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