はじめに
肩甲上腕関節 glenohumeral joint の解剖(構造)と運動について基本的なところをまとめます。
目次
- 肩甲上腕関節を構成する骨と関節面
- 関節の分類
- 関節周囲の結合組織(靱帯など)
- 肩甲上腕関節の運動
- しまりの肢位(CPP)と最大ゆるみの肢位(LPP)
- 作用する筋
- 主な血液供給
- 関節の感覚神経支配
- その他の特徴
肩甲上腕関節を構成する骨と関節面
- 肩甲骨の関節窩
- 上腕骨の上腕骨頭
上腕骨頭が凸面で,関節窩が凹面です。
上腕骨頭に対して関節窩が小さくて浅いため,骨による安定性が得られにくい構造です。
上腕骨頭は内側上向き(45°上方)で,後ろ向き(後捻20°)です。
関節窩は外側上向きで,前向きです。
下垂位では,上腕骨頭の下半分が関節窩に接触することになります。
関節の分類
- 可動性による分類:可動関節
- 骨間に介在する組織の種類による分類:滑膜関節
- 関節面の形状と動きによる分類:球関節
- 運動軸による分類:多軸性関節
- 骨数による分類:単関節
関節分類の全体については こちら。
関節面の形状と動きによる分類については こちら。
関節周囲の結合組織(靱帯など)
関節包
肩甲骨の関節窩の縁から起こり,上腕骨の解剖頸,大結節,小結節につきます。
関節包内の最大容積は上腕骨頭の体積の約 2 倍で,関節包には緩みがあります。
上肢下垂位では,関節包の下部はたるんでいて,腋窩嚢とか腋窩関節包などと呼ばれます。
緩みがあることで可動範囲は大きくなります。
関節包が厚くなってできた靱帯があり,関節上腕靱帯あるいは関節包靱帯と呼ばれています。
上・中・下関節上腕靱帯の 3 つがあります。
関節上腕靱帯の走行は,大まかには関節の前面を内上方から外下方への斜めの走行で,3 つの靱帯は「Z」状に並びます。
上関節上腕靱帯
- 近位付着部:肩甲骨の関節上結節の近辺で,上腕二頭筋長頭腱のすぐ前
- 遠位付着部:上腕骨解剖頸で小結節のあたり
- 靱帯が緊張する肢位:上肢下垂位
- 制限する動き:上肢下垂位での上腕骨頭の外旋と下方および前方への並進運動
肩甲上腕関節が 35 〜 45° 以上外転すると上関節上腕靱帯は緩みます。
中関節上腕靱帯
- 近位付着部:関節窩と関節唇の前縁の上部および中部
- 遠位付着部:上腕骨解剖頸の前部,肩甲下筋の腱
- 靱帯が緊張する肢位:上肢下垂位〜45° 外転位
- 制限する動き:外転 0 〜 45° での上腕骨頭の前方への並進運動と外旋
下関節上腕靱帯
関節の下部をハンモックのような形で包んでいます。
前方は前束(前下関節上腕靱帯),後方は後束(後下関節上腕靱帯),下部は腋窩嚢(腋窩陥凹)と呼ばれます。
- 近位付着部:関節窩と関節唇の前下縁
- 遠位付着部:上腕骨解剖頸の前下方から後下方にかけて
- 靱帯が緊張する肢位:外転位
- 前束が制限する動き:約 90° 外転位での外旋,前方への並進運動
- 後束が制限する動き:約 90° 外転位での内旋,後方への並進運動
- 腋窩嚢が制限する動き:下方への並進運動
烏口上腕靱帯
- 近位付着部:烏口突起
- 遠位付着部:大結節の前面および棘上筋腱,小結節および肩甲下筋腱
- 靱帯が緊張する肢位:上肢下垂位
- 制限する動き:上肢下垂位での外旋と下方への並進運動
関節包の前上方に広がっている靱帯です。
近位付着部については,烏口突起の基部としている文献7,16,18)と先端としている文献6,17)があります。
遠位付着部についても,様々な記載があります。
烏口上腕靱帯は,組織学的には真の靱帯ではありません17)。
関節唇
断面が三角形の線維軟骨の輪です。
関節窩を縁取るようについています。
関節窩の深さの半分は関節唇によるものです。
関節唇の形や他の組織との位置関係については,文献によって違いがあり,どれが正確な情報なのかは分かりません。
滑液包
烏口突起下包,肩甲下筋包,結節間滑液鞘,烏口腕筋包などがありますが,教科書等では詳しい記載がありません。
この記事では省略します。
肩甲上腕関節の安定化に作用する筋
- 回旋筋腱板:肩甲下筋,棘上筋,棘下筋,小円筋
- 上腕二頭筋長頭
- 上腕三頭筋長頭
肩甲上腕関節の運動
3 軸での運動が可能です。
屈曲と伸展
矢状面における内外側軸での動きです。
- 屈曲の可動域:120° 1,2)
- 屈曲の制限因子:烏口上腕靱帯の後部9,12),関節包後下方2,12)
- 屈曲のエンドフィール:結合組織性
屈曲の可動域には諸説があり,65° としている文献8)があります。
- 伸展の可動域:80° 1) または 40 〜 60° 2)
- 伸展の制限因子:烏口上腕靱帯の前部9,12),上・中関節上腕靱帯
- 伸展のエンドフィール:結合組織性
外転と内転
前額面における前後軸での動きです。
- 外転の可動域:120°
- 外転の制限因子:下関節上腕靱帯2)
- 外転のエンドフィール:結合組織性
外転の可動域は 90° であるとしている文献8,9)もあります。
- 内転の可動域:8° 8)
- 内転の制限因子:記載なし
- 内転のエンドフィール:記載なし
内旋と外旋
水平面における垂直軸での動きです。
上腕骨の軸回旋です。
関節包内運動としては,下垂位での内外旋では転がりと滑りですが,90° 外転位での内外旋では軸回旋が主です。
以下では,下垂位での内外旋についてまとめています。
- 内旋の可動域:75 〜 85°
- 内旋の制限因子:関節包の後部12)
- 内旋のエンドフィール:結合組織性
- 外旋の可動域:60 〜 70°
- 外旋の制限因子:関節上腕靱帯,烏口上腕靱帯12)
- 外旋のエンドフィール:結合組織性
しまりの肢位(CPP)と最大ゆるみの肢位(LPP)
- CPP:最大外転および最大外旋位
- LPP:肩甲骨面での挙上 55° 8)
関節包全体の緊張が釣り合うのは,肩甲骨面での 30° 挙上位です10)。
作用する筋
主動作筋と補助動筋に分けていますが,その区別の基準は決まっていないようです。
ここでは基礎運動学11)や徒手筋力テスト15)などを参考にして分けています。
はっきりしないものは補助動筋にしました。
屈曲に作用する筋
- 主動作筋
- 三角筋前部線維
- 大胸筋鎖骨部
- 補助動筋
- 棘上筋
- 烏口腕筋
- 三角筋中部線維
- 上腕二頭筋
伸展に作用する筋
- 主動作筋
- 三角筋後部線維
- 大円筋
- 広背筋
- 補助動筋
- 上腕三頭筋長頭
外転に作用する筋
- 主動作筋
- 三角筋中部線維
- 棘上筋
- 補助動筋
- 上腕二頭筋長頭
- 棘下筋最上部線維1)
- 肩甲下筋最上部線維1)
内転に作用する筋
- 主動作筋
- 大胸筋の胸肋部
- 大円筋
- 広背筋
- 補助動筋
- 大胸筋鎖骨部
- 肩甲下筋
- 烏口腕筋
- 上腕二頭筋短頭
- 上腕三頭筋長頭
この内転が解剖学的肢位から内転なのか,あるいは挙上位からの内転なのかは,文献には明記されていません。
外旋に作用する筋
- 主動作筋
- 棘下筋
- 小円筋
- 補助動筋
- 三角筋後部線維
- 棘上筋後部線維1)
内旋に作用する筋
- 主動作筋
- 肩甲下筋
- 大円筋
- 補助動筋
- 三角筋前部線維
- 大胸筋鎖骨部・胸肋部
- 広背筋
上腕骨に付着する筋はこちら。
肩甲骨に付着する筋はこちら。
鎖骨に付着する筋はこちら。
主な血液供給5)
- 前上腕回旋動脈
- 後上腕回旋動脈
- 肩甲上動脈
関節の感覚神経支配1)
肩甲上神経と腋窩神経(C5,C6)
その他の特徴
肩甲骨面挙上 scaption
肩甲骨面挙上の定義は曖昧です。
一般的には,肩甲骨面挙上とは,肩甲骨面での上肢の挙上です。
肩甲骨面は前額面に対して 30 〜 40° ほど傾いた面です。
肩甲骨と上腕骨が同じ平面上にあり続ける挙上とする場合もあります。
肩甲棘軸と上腕骨軸が常に平行である挙上ともいえます。
この場合は,上肢と前額面の角度は一定ではなくなり,上肢は曲面上を挙上することになります。
肩甲骨面挙上は,肩峰と上腕骨の衝突が起こりにくい挙上とされています。
ゼロポジション zero-position
肩甲骨面挙上の動きの中で,上腕骨軸と肩甲棘軸が一直線に並ぶ肢位をゼロポジションと言います。
ゼロポジションでは,肩関節周囲の筋群の走行が,上腕骨軸に向かって集約するような走行になります。
上腕骨頭を関節窩に押し付ける作用が強くなり,肩甲上腕関節は安定した状態になります。
ゼロポジションとなる挙上角度は 145 〜 165° 20)と書かれていることが多いのですが,120° としている文献21)もあります。
おわりに
この記事を作成するにあたって参考にした文献には,肩甲上腕関節に関する全ての項目の系統的で詳しい記述はありませんでした。
この記事の内容は断片的な情報の寄せ集めです。
そのため,多少の矛盾もあります。
あわせて読みたい
参考文献
1)P. D. Andrew, 有馬慶美, 他(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020, pp151-183.
2)武田功(統括監訳): ブルンストローム臨床運動学原著第6版. 医歯薬出版, 2013, pp170-198.
3)米本恭三, 石神重信, 他: 関節可動域表示ならびに測定法. リハビリテーション医学. 1995; 32: 207-217.
4)博田節夫(編): 関節運動学的アプローチ AKA. 医歯薬出版, 1997, pp13-15.
5)秋田恵一(訳): グレイ解剖学(原著第4版). エルゼビア・ジャパン, 2019, pp578-579.
6)金子丑之助: 日本人体解剖学上巻(改訂19版). 南山堂, 2002, pp185-188.
7)越智淳三(訳): 解剖学アトラス(第3版). 文光堂, 2001, pp59.
8)富雅男(訳): 四肢関節のマニュアルモビリゼーション. 医歯薬出版, 1995, pp123-134.
9)荻島秀男(監訳): カパンディ関節の生理学 I 上肢. 医歯薬出版, 1995, pp2-37.
10)山嵜勉(編): 整形外科理学療法の理論と技術. メジカルビュー社, 1997, pp202-206.
11)中村隆一, 斎藤宏, 他:基礎運動学(第6版補訂). 医歯薬出版株式会社, 2013, pp218-224.
12)木村哲彦(監修): 関節可動域測定法 可動域測定の手引き. 共同医書出版, 1993, pp34-45.
13)板場英行: 関節の構造と運動, 標準理学療法学 専門分野 運動療法学 総論. 吉尾雅春(編), 医学書院, 2001, pp20-41.
14)大井淑雄, 博田節夫(編): 運動療法第2版(リハビリテーション医学全書7). 医歯薬出版, 1993, pp165-167.
15)津山直一, 中村耕三(訳): 新・徒手筋力検査法(原著第9版). 協同医書出版社, 2015.
16)山本昌樹: 肩関節複合体の正常運動学. 臨床スポーツ医学. 2019; 36: 132-142.
17)中野幸雄, 高田直也, 他: 烏口上腕靭帯及び周辺組織の解剖学的特徴と神経分布. 肩関節. 1996; 20: 111-116.
18)新井隆三, 松田秀一, 他: 肩前上方部の解剖(肩甲下筋腱,上腕二頭筋長頭腱,烏口上腕靱帯を中心に). Bone Joint Nerve. 2013; 3: 599-603.
19)立花孝, 稲垣稔, 他: Scapular plane についての検討. 臨・理. 1981; 8: 120.
20)武富由雄: 肩甲上腕関節の“Zero-Position”. 理学療法. 1992; 9: 444-445.
21)高濱照: 肩関節の基礎-肩関節の挙上とゼロポジション. The Journal of Clinical Physical Therapy. 2012; 15: 1-11.
2021 年 10 月 14 日
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