国家試験

第54回理学療法士国家試験午前問題56のどこが不適切なのか

投稿日:2020年5月31日 更新日:

第54回理学療法士国家試験の午前の問題56は採点除外となっています。
その理由は,「選択肢に不適切があるため」となっています。
しかし,どのように不適切なのかは書かれていません。

そこで,不適切なところについて,私の考察を書いてみたいと思います。

まずは問題を引用します。

呼吸器で正しいのはどれか。
1. 鼻前庭は粘膜で覆われている。
2. 気管は第4胸椎の高さから始まる。
3. 上気道は鼻腔から咽頭までをいう。
4. 右主気管支は左主気管支よりも細い。
5. 気管支の分岐角は右より左が大きい。

解説

選択肢 1(鼻前庭は粘膜で覆われている)

鼻前庭とは,鼻腔の一部で,外鼻孔(鼻の穴)から鼻腔内に入った最初のところです。
軟骨性骨格を持つ部分で,鼻翼(小鼻)の内側とも言えます。
そして,鼻限と呼ばれる隆起で,鼻前庭と狭義の鼻腔が分けられます。

粘膜とは,中空性臓器の内腔表面をおおう柔軟な組織の層です。
粘膜の表面は湿っています。

狭義の鼻腔の内表面は鼻粘膜で覆われています。

そして,鼻前庭の内表面ですが,解剖学の本1)では,「皮膚と同様に表面が角化した重層扁平上皮でおおわれ,脂腺および汗腺がみられるほか,短剛な鼻毛が密生する」とあります。
つまり,粘膜では覆われていないということです。

しかし,別の解剖学の本2)では,「鼻前庭では顔の皮膚の上皮(角化重層扁平上皮)は,まず角化していない重層扁平上皮に変わり,鼻限のところで円柱(柱状)上皮に移行する」とあります。
円柱上皮とは鼻粘膜の上皮です。

つまり,最初の文献にあるような単純な構造ではないということです。
鼻限のところで移行するという表現が少し曖昧ですが,鼻前庭の一番奥は粘膜で覆われていると解釈することができます。

鼻前庭の内表面は粘膜でないところの方が多そうですので,「鼻前庭は粘膜で覆われている」というのは,どちらかというと正しくないのですが,そうとも言い切れないため,選択肢 1 は不適切な選択肢だと思います。

選択肢 2(気管は第4胸椎の高さから始まる)

気管は,第 6 頚椎下縁の高さから始まります。
選択肢 2 は誤りで,また,選択肢として不適切なところはありません。

選択肢 3(上気道は鼻腔から咽頭までをいう)

鼻腔,咽頭,喉頭が上気道で,気管,気管支が下気道です3)
この説明が多いのですが,別の分け方もあります。

文献 1 では「喉頭より上部を上気道,下部を下気道という」となっています。
喉頭がどっちなのかが分かりません。

文献 2 は,鼻および咽頭が上気道で,喉頭,気管,気管支,肺が下気道であるとしています。

別の文献4)では,声門を境界として上気道と下気道を分けています。
声門は喉頭の途中にあります。

上気道と下気道の境界については定説がないとする方がよさそうです。
よって,この選択肢 3 は不適切です。

選択肢 4(右主気管支は左主気管支よりも細い)

右主気管支は左主気管支よりも太く,短いので,この選択肢は誤りです。
選択肢としても適切です。

選択肢 5(気管支の分岐角は右より左が大きい)

正中線に対する角度は左主気管支は約46°,右主気管支は約24°です。
この選択肢は正しいように思えます。
しかし,よく読むと「 気管支の分岐角は」となっています。
主気管支ではなく気管支ですので,どの気管支の分岐なのかが特定できません。
また,分岐角を何を基準にして測るのかが分かりません。
よって,この選択肢は不適切です。

実際にどの選択肢がどんな理由で不適切とされたのかは分かりません。

おそらく,選択肢 5 が正解であるとしたかったのでしょうが,選択肢1と3が必ずしも誤っているとは言えず,さらに選択肢 5 は言葉足らずで正しいとは言い切れなくなってしまったのでしょう。

似たような問題

選択肢 3 の上気道と下気道の境界に関する問題は,以前にも出題されていて,同じように不適切とされています。

第49回理学療法士国家試験の午後の問題58です。

呼吸器について正しいのはどれか。
1.上気道とは鼻腔から咽頭までのことをいう。
2.終末細気管支分岐の次は肺胞である。
3.気管支は右より左の方が太く短い。
4.輪状軟骨は弾性軟骨である。
5.左肺門は右より高位である。

選択肢 1 と 5 の両方が正しいため,複数の選択肢を正解として採点するとしています。

選択肢 1 が,先の問題の選択肢 3 とほぼ同じです。
これが正解だということですが,先に説明した通り,定説がないため,そうとは言い切れません。

選択肢 2 の,終末細気管支の次は呼吸細気管支です。

選択肢 3 は,右の方が太く短いのですが,これも気管支ではなく,主気管支とすべきです。

選択肢 4 の輪状軟骨は硝子軟骨です。

選択肢 2 〜 4 は誤りでいいでしょう。

そして,選択肢 5 はちょっと複雑です。

肺門とは,肺の胸膜に覆われていない部分で,気管支や血管が出入りするところです。
その肺門の高さについて,解剖学の本1,2)には何も書かれていませんし,肺門の図では左右差はないように見えます。
しかし,X 線写真では,肺門は肺の根元をさしていて,肺動脈,肺静脈,気管支のことになります。
解剖学で肺根と呼ばれているものが,X 線写真では肺門と呼ばれています。
そしてその場合の肺門は左の方が高くなります5)

この問題でも,問題作成者がどちらを正解にしようとしていたのかは分かりません。
しかし,どちらの問題も,上気道と下気道の定義について定説がないことを知らずに作られた可能性はありそうです。

おわりに

私は大学で数学を学んだことがありますので,定義の統一に関する感覚は世間の平均よりかはかなり細かく厳しいと思います。
ここまで考えなくてもいいのかもしれませんが,こういう考察を通して,解剖学の基本が定着していく面もあります。
国家試験勉強の時には,不適切問題にもしっかり取り組むことをおすすめします。

参考文献

1)金子丑之助: 日本人体解剖学下巻(改訂19版). 南山堂, 2008, pp234-238.
2)越智淳三(訳): 解剖学アトラス(第3版). 文光堂, 2001, pp267-269.
3)後藤稠(編): 最新医学大辞典(第1版). 医歯薬出版, 1994, pp657.
4)小野 譲: 気管・気管支の解剖と生理. 日本気管食道科学会会報, 1962; 13: 9-16.
5)大橋信子, 藤澤英文, 他: 肺門部腫瘤,肺門部異常. 日本胸部臨床, 2004; 63: 263-275.
6)第54回理学療法士国家試験、第54回作業療法士国家試験の問題および正答について
7)第54回理学療法士国家試験及び第54回作業療法士国家試験の合格発表について

2020年5月31日

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