改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の実施方法,採点方法,解釈

はじめに

改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の実施方法,採点方法,解釈などの詳細を解説します。
日本ではよく行われている検査ですが,検査の表だけをみて行われることも多く,正しい検査や解釈が行われていないこともあるようです。
開発者の論文1,2)などにある,検査の表だけでは分からないところをまとめてみました。

検査の基本的な方法は書いていません。
最低限のことは習得していて,検査の表を別に用意できる方を想定して書いています。

各問題の実施方法

問題1. 年齢 自己に関する見当識

満年齢を答えてもらいます。
満年齢は 0 歳から始まり,誕生日が来るたびに 1 歳を加えるもので,年齢といえば普通は満年齢です。
数え年というものもあります。
数え年とは,生まれた年の 12 月までを 1 歳とし,年が改まるたびに 1 歳を加えるものです。
数え年は満年齢よりも高くなり,誕生日前は満年齢 + 2 歳,誕生日後は + 1 歳になります。
数え年で答える人はかなり減ってきた印象です。
2 年までの誤差を正答としているのは,数え年で答える場合や,誕生日を迎えているかどうかによる誤差を考慮しているためです。

年齢のかわりに生年月日を答える方が時々います。
論文1,2)には明記されていませんが,生年月日が正しくても 0 点です。
生年月日は古くて大切な記憶で,年齢は新しくて大切な記憶であり,性質の異なる記憶です。

問題2. 年,月,日,曜日 日時の見当識

年については和暦(元号)と西暦のどちらでもかまいません。

続けて聞くのではなく,「今日は何月何日ですか?」と聞き,「何曜日でしょう?」「今年は何年ですか?」とゆっくり別々に聞いてもよいということになっています。
聞く順番に決まりはありませんので,会話の流れができるだけ自然になるようにします。

別々に聞いてもよいということですが,私は,最初から別々に聞くようにしています。
別々に聞かれれば答えることができるけれど,まとめて聞かれると答えられないという方がいます。
そういう方は,先にまとめて聞いてしまうと,答えられないことで混乱してしまい,その後に別々に聞いても答えられなくなってしまうことがあります。

問題3. 今いる場所 場所の見当識

病院名や施設名,住所などは言えなくてもよく,現在いる場所がどういう場所なのかが本質的にとらえられていればかまいません。

正答がでなかった場合には,5 秒おいてから「ここは病院ですか?家ですか?それとも施設ですか?」と問います。
選択肢は検査を行っている場所にあわせて変える必要があります。
どこから 5 秒なのかは論文1,2)には明記されていません。
回答が終わってから 5 秒でしょうか?ずっとしゃべり続けていたらどうしたらいいでしょうか?
実用的にはそんなに困ることはなさそうです。
正答が出ないと思ったところから 5 秒とすれば,だいたいうまくいきます。

施設にいることは分かっているのに施設名を求められていると思って「わかりません」と答えることがあります。
そこでヒントを出せば,「施設」という答えがあるはずですが,本来は 2 点であるところを 1 点と採点することになります。
ヒントを出す前に,「ここはどんなところですか?」と聞くなどの工夫が必要です。

私は老人保健施設でよくこの検査をしていました。
施設にいることは分かっているのですが,老人保健施設がどういうところなのかは分かっていないということがありました。
本質的にとらえられているといえるのかどうか?悩むところです。
また,施設入所時にこの検査を行っていたのですが,この質問をきっかけに「息子に無理やり連れてこられた」というような話が始まることがありました。
被検者と家族の関係をおしはかることができる問題です。

採点方法として,自発的にでれば 2 点となっています。
ヒントなしで答えるということですが,自発的という言葉は自分から進んで事を行うというような意味ですので,ここで自発的という言葉が使われていることに違和感があります。

問題4. 3 つの言葉の記銘 短期記憶

3 つの言葉はゆっくりと区切って発音し,3 つ言い終わったときにくり返して言ってもらいます。
「区切って発音し」とありますが,どこを区切るのかは論文1,2)に明記されていません。
単語と単語の間を区切るということだと思います。
「さ く ら」などと音節で区切ると,聞き取りにくくなります。

「あとでまた聞きますのでよく覚えておいて下さい」という説明は先にしておくのか,それとも3つの言葉を言った後にするのかは論文1,2)に明記されていませんが,「これから言う 3 つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください」と教示するとあり,これを素直に読めば,先に説明することになりそうです。
説明がいつになるかによって,覚えようとする時間が変わりますので,どちらかに統一する必要があります。

比較的短い期間で繰り返し検査をする場合,前回の検査の 3 つの言葉をまだ覚えているということがありますので,異なる系列を用います。

正解でない場合,正答の数を採点した後に,再度言葉を提示して覚えてもらいます。
3 回言っても覚えられなければそこで打ち切り,問題7の「言葉の遅延再生」で覚えられなかった言葉を除外します。

問題5. 計算 計算能力と短期記憶,ワーキングメモリ

「93 から 7 を引くと?」というように検者が最初の引き算の答えを繰り返して言ってはいけません。
93 という数字を覚えておきながら計算するという課題だからです。
「いくつから引くんですか?」と聞かれることがあります。
その時は,もう一度最初の「100 – 7 はいくつですか」から繰り返してもいいことになっています。

私の経験では,いわゆる数学アレルギーのような人がけっこういらっしゃるようです。
計算することをとても嫌がります。
配慮が必要な問題です。

問題6. 数字の逆唱 ワーキングメモリ

数字はゆっくりと 1 秒ぐらいの間隔をおいて提示します。

「私がこれからいう数字を逆からいって下さい。例えば 1・2 を逆からいうと? 2・1 ですね。」というように説明したり3),「1-2-3 を逆から言ってください」のような簡単な練習問題に答えてもらったりします。
この練習問題でも正しく答えられなければ,この問題はとばします。

問題7. 3つの言葉の遅延再生 数分前の近時記憶

問題 4で覚えることのできた数にあわせて答えてもらうことになります。

ヒントは例えば,桜と電車が出てこなかった場合,「1 つは植物でしたね」というヒントを与えます。
その後「もう 1 つは乗り物がありましたね」というヒントを与えます。
ヒントは 1 つずつ与えるようにし「植物と乗り物がありましたね」というように続けてヒントを出してはいけません。

「先ほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください」と説明することになっていますが,実際には「先ほど 3 つの物の名前を覚えていただきましたね。その 3 つをもう一度言ってみてください」などと説明します。
つまり,言葉が 3 つあったことを覚えていることは要求していないのですが,2 つだけ答えたときに,「もう 1 つありましたね」と促してもいいのかは分かりません。
開発者の加藤先生による講義動画の抄録と思われるものが公開されており4),その解説では「他にもありましたね」と促すことになっていました。

問題8. 5つの物品記銘 短期記憶,視覚記銘力

見せる品物は決まっていません。
時計,鍵,タバコ,ペン,硬貨など,できるだけ相互に無関係な品物をあらかじめ用意します。
しかし,全く無関係なものを見つけるのは大変で,この例も,「出勤するときに身につけるもの」という関係があります。
また,被検者にとってなじみの薄いものは避け,日常生活でよくみる物品を選びます。

1 つずつ名前を言いながら並べて提示し,よく覚えるよう指示します。
そして,被験者にも名前を復唱してもらいます。

隠すときに布をかけてしまうと形でヒントになってしまいます。
私が以前勤めていた施設では,5 つの品物を箱に入れて用意していて,隠すときにはその箱をかぶせていました。

隠すまでの時間は指定されていません。
統一していないと点数が変わる可能性があります。
私は,物品を 1 つずつ確認した後に,頭の中で 5 つの物品の名前を言ってから隠すようにしています。
物品全体を再確認する時間を与えるイメージです。

思い出す順番は関係ありません。

例えば 4 つだけ答えて全て答えた気になっているときに,「もう 1 つありますよ」と言ったり,「5 つ答えてください」などと指示していいのかは,論文1,2)には明記されていません。
私は,自分がいくつ答えたかを覚えておくのは認知症がなくても難しいことだと思うので,「もう 1 つありますよ」などと言うことにしています。

問題9. 野菜の名前 言語の流暢性

あげられた野菜の名前を検査用紙に記録し,重複した物を採点しないようにします。

言葉がすらすら出てくるかどうかをみるものですから,野菜以外のものがまじったり,同じものを答えたとしても,被検者が答えるのを遮らないようにします。

実際にこの課題をしてみると,野菜なのかどうか迷うものが出てきます。
しいたけ,ワカメ,スイカ,大豆,栗,落花生,サツマイモ,,,
「本人がもともと野菜と信じているものもあるため,野菜の名前の正確さにはあまりこだわらないほうがよい2)」とあります。
つまり,だいたいあっていれば正解としていいということでしょう。

ちなみに「流暢」という単語を国語辞典で調べてしまうと「言語の流暢性」の意味が分からなくなってしまいます。
こういう検査が言語の流暢性をみる検査なのだと理解してください。

野菜の名前を上げるという課題は,野菜の名前を知らない人(料理をせず,食や栄養に対する興味が少ない人)には不利である可能性があります。
どの単語を用いるかについて予備調査を行っているようですが,その詳細は書かれていませんでした。

検査全体の注意点など

検査は番号順に行うとしているもの3)もありますが,日常会話のなかから自然に始められるように,どの問題から始めても構わない2)ことになっています。
問題 4 〜 7 については,問題 4 で覚えた単語を問題 5 〜 6 を行った後の問題 7 で思い出すという流れがあるため,順番を変えることはできません。

検査を行う前に準備するものは,被験者の生年月日,5 つの物品とそれを隠すものです。
あと検査用紙と筆記用具も必要です。
被検者について事前に調べておくことは生年月日だけであり,この検査の利点です。

答えが出なくなったときにどれだけ待つのかが指定されている問題とされていない問題があります。
例えば,野菜の名前は詰まってしまったら 10 秒待って打ち切るとなっていますが,5 つの物品記銘では待つ時間は書かれていません。
私は,指定されているものは 5 秒と10 秒ですので,5〜10 秒待つようにしています。
それ以上待つと,検査全体の会話の流れが不自然になりますし,時間もかかってしまい,被検者にストレスを与えてしまうと思います。

検査全体において被検者のテンポに合わせて進めるのがよさそうです。
急がせてしまうと,点数は低くなる傾向があります。
また,速いテンポで検査を進めると,先に説明した,答えるのを待つ時間や覚えるための時間が短くなることにつながります。

被検者の答えがあっているのかどうかをその場で言っていいのかどうかについても論文1,2)には書かれていません。
例えば「そうではなくて,,,」と再度答えることを促してしまうと,検査を何度も受けることにつながりますし,ヒントを与えることにもつながります。
答えが正しいかどうかの伝え方によって,点数が大きく変わる可能性がありますので,私は答えが正しいかどうかは伝えないようにしています。
しかし,被検者の答えに対して全く反応せずに淡々と問題を続けてしまうと,人と人とのやりとりとしてはかなり不自然で,被検者にとってストレスとなってしまいます。
その場の状況にあわせて,相づちは入れるようにしています。

簡単な問題が解けないことに戸惑い落ち込んでしまう方も少なくありません。
実際,この検査をきっかけに引きこもってしまった方がいました。
様々な配慮が必要です(その配慮の具体的な方法については省きます)。

判定

得点を合計します。
満点は 30 点で,20 点以下は認知症を疑います。
スクリーニング検査ですので,20 点以下であれば認知症であると診断できるのではありません。

感度は 0.93,特異度は 0.86 です2)
感度と特異度については別の記事で解説しています。

重症度判定には使えません。
重症度別平均得点は,非認知症群 24.45 ± 3.60,軽度群17.85 ± 4.00,中等度群 14.10 ± 2.83,やや高度群 9.23 ± 4.46,高度群4.75 ± 2.95となっています3)(この数字はもとの論文の重症度別得点とは異なります。おそらく,最初の論文が発表された後に行われた研究によるものでしょう。その研究は見つけられていません)。
また,各群間に 1 %水準で統計的な有意差が認められたとなっています1)
ですので,HDS-R を重症度判定に使うことは不可能ではありません。
しかし,もとの論文1)では重症度区分を採用しておらず,HDS-R で重症度を規定することは危険であるとしています。
その理由として,重症度分類を決定するだけの症例数が集まっていない,得点から認知症と診断してしまう誤解を避けるため,簡易スクリーニングテストである(図形の模写のような動作性の検査がない)ことをあげています。

HDS-R の得点と年齢との相関関係や教育年数との相関関係はないことが確認されています。
年齢が高いから点数が低くなるとか,教育年数が短いから点数が低くなるといったことはないということです。
しかし,もともとの知的レベルは考慮すべき2)としています。

私の経験では,日本語が母国語でない方は点数が低くなる傾向があります。

うつ状態やうつ病の人は点数が低くなる傾向があります。
うつと認知症との鑑別については,別の記事でまとめています

問題4. 3つの言葉の記銘は HDS-R の中で最も難易度が低い問題です。
この問題が不正解であるなら,短期記憶の障害が重度であり,認知症も重度であると推測できます。
このようにそれぞれの問題の意味を理解して,被検者の解答を個別に分析すれば,治療プログラムの立案に役立つ情報が得られます。

その他

長谷川式認知症スケールとも呼ばれることがありますが,正式名称は改訂長谷川式簡易知能評価スケールです。

おわりに

HDS-Rを学ぶのにオススメの映画があります。
「明日の記憶(堤幸彦監督,渡辺謙主演)」です。
アルツハイマー病をあつかっていて,主人公がHDS-Rを受けるシーンがあります。
間違っているところもありますが,映画としてはよくできているという印象です。
主人公(患者)を困惑させてしまうのですが,どこがいけないのかを考えながらみると勉強になると思います。

あわせて読みたい

認知症の2次要因と理学療法士ができること
うつと認知症との鑑別
せん妄と認知症との鑑別
認知症と軽度認知障害(MCI)の有病率:2020年の論文より

参考文献

1)加藤伸司, 下垣光, 他: 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の作成. 老年精神医学雑誌. 1991; 2: 1339-1347.
2)加藤伸司: 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の実施法と臨床的有用性. 老年精神医学雑誌. 2018; 29: 1138-1144.
3)田崎義昭, 斎藤佳雄: ベッドサイドの神経の診かた(改訂18版). 南山堂, 2020, pp133-136.
4)http://ninchisyoucareplus.com/plus/pdf/070421加藤抄録.pdf(参照 2019-7-11)
5)長谷川和夫: 改訂簡易痴呆診断法. 治療. 1992; 74: 1982-1983.
6)長谷川和夫: 老年期痴呆の診定. 日本老年医学会雑誌. 1979; 16: 191-198.

2020年9月21日
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2019年1月20日

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