はじめに
運動麻痺とは,大まかにいうと,運動ニューロンの異常による随意運動の障害のことです。
その運動麻痺の分類について解説します。
様々な分類の仕方がありますが,この記事ではリハビリテーション医学領域でよく使われる分類をとりあげます。
随意性(随意筋力)による分類
完全麻痺
完全に随意性を失ってしまった運動麻痺を完全麻痺といいます。
「動かそうと思っても全く動かなければ完全麻痺」と言ってしまえば直観的に分かりやすいと思います。
しかし,関節運動は起こらなくても,筋は収縮していることがあります。
その場合は完全麻痺ではありません。
「動かそうと思っても,筋収縮が全く生じなければ完全麻痺」という方がより正確です。
Daniels らの徒手筋力テスト(MMT)における段階 0 の解釈には注意が必要です。
段階 0 は完全麻痺だとは限りません。
段階 0 の筋は,触知によっても視診によっても全く無活動のものです。
筋電図であれば確認できる程度の収縮があっても,その収縮を触診や視診では確認できなければ段階 0 になってしまいます。
その場合,段階 0 でも完全麻痺ではありません。
反射などで筋収縮が生じる場合の分類の仕方は統一されていません。
例えば,動かそうと思っても全く筋収縮はないけれど,連合反応が出て筋収縮が生じる場合です。
不全麻痺
完全麻痺ではない運動麻痺は不全麻痺です。
筋収縮は生じるということです。
正常に近い程度から完全麻痺に近い程度まで幅広く使用されます。
脊髄損傷では,脊髄横断面における脊髄の損傷が完全か部分的かで,完全麻痺と不全麻痺に分ける場合があります。
不全麻痺では損傷部以下の運動や感覚の機能が部分的に残存します。
筋力による分類とは別です。
病変部位による分類
上位運動ニューロン障害と下位運動ニューロン障害に分類します。
この二つに対する理学療法は大きく異なりますので,理学療法士にとっては,とても重要な分類です。
下位運動ニューロン障害
末梢性麻痺あるいは核下性麻痺とも呼ばれます。
下位運動ニューロンとは,運動性脳神経核あるいは脊髄前角細胞から,末梢神経,神経筋接合部,筋に至るまでの経路のことです。
この下位運動ニューロンの障害による運動麻痺が下位運動ニューロン障害です。
下位運動ニューロンは,筋を収縮させる信号を送るだけです。
下位運動ニューロン障害では,筋を収縮させる信号が筋に届かなくなるわけですから,単純に筋が収縮しなくなります。
ある筋を支配する下位運動ニューロン全てが損傷され,その筋に信号が全く届かなくなれば,筋収縮は全く生じなくなり,完全麻痺になります。
部分的な損傷であれば,損傷を受けていない下位運動ニューロンに支配される筋線維は収縮できます。
一部の筋線維しか収縮しないので,筋全体で見れば筋力低下となり,不全麻痺になります。
上位運動ニューロン障害
中枢性麻痺あるいは核上性麻痺とも呼ばれます。
上位運動ニューロンとは,大脳皮質から内包,脳幹,脊髄を経て脊髄前角細胞に至る手前までの経路(皮質脊髄路),あるいは,大脳皮質から主に脳幹部に存在する脳神経核の手前までの経路(皮質延髄路)のことです。
上位運動ニューロンの障害による運動麻痺が上位運動ニューロン障害です。
上位運動ニューロンは下位運動ニューロンの発火を調節するのですが,発火を促す作用と,抑制する作用があります。
上位運動ニュー ロンの障害によってその抑制的な作用が障害を受けると,抑制されていた機能が異常な現象として出現します。
よって,単純な筋力低下ではなく, 運動の質的な変化が生じます。
その質的な変化の代表的なものが痙性麻痺です。
病的共同運動や連合反応などもあります。
上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が同時に障害されれば,下位運動ニューロン障害の症状が主になります。
上位運動ニューロン障害によって筋収縮の質的な変化が生じるのですが,下位運動ニューロン障害もあれば,そもそも筋は収縮できません。
錐体路障害
上位運動ニューロン障害とほぼ同じ意味です。
対応する用語として錐体外路障害がありますが,錐体外路障害は運動麻痺ではありません。
錐体路障害という言葉のややこしいところを別の記事でまとめています。
麻痺の症状による分類
痙性麻痺
痙縮を伴う運動麻痺です。
痙縮とは筋緊張異常一つで,相対的に速い他動運動に対して筋緊張が亢進した状態です。
腱反射の亢進,クローヌス,ジャックナイフ現象が起こります。
上位運動ニューロン障害の典型的な症状です。
弛緩性麻痺
筋緊張の低下や腱反射の減弱消失を伴う運動麻痺を弛緩性麻痺といいます。
下位運動ニューロン障害では弛緩性麻痺になります。
上位運動ニューロン障害では典型的には痙性麻痺となりますが,弛緩性麻痺を伴うものや,初期には弛緩性麻痺で徐々に痙性麻痺に移行するものがあります。
完全麻痺の状態を指して弛緩性麻痺ということもありますが,本来の意味からは外れた使い方になります。
完全麻痺 = 弛緩性麻痺ではありません。
ただし,完全麻痺であれば,弛緩性麻痺になるのが普通です。
完全麻痺で痙性麻痺になることがありますが,前述の通り,この状態を完全麻痺と呼べるのかどうかについては意見が別れています。
不全麻痺で弛緩性麻痺のこともあります。
麻痺の分布による分類
麻痺の分布のみによる分類です。
単麻痺
一側の上肢または下肢のみの運動麻痺です。
片麻痺
一側上下肢(顔面,体幹を含む)の運動麻痺です。
内包の障害によるものが多く,上位運動ニューロン障害によるものを指すことが普通です。
一側の上下肢のみで顔面や体幹に麻痺がない場合は,片麻痺とは言わないことが多いと思いますが,明確な定義づけはないようです。
対麻痺
両側下肢の運動麻痺です。
多くは脊髄の病変によるものです。
四肢麻痺
両側の上下肢の運動麻痺です。
上下肢のみの運動麻痺だけでなく,体幹の麻痺が含まれる場合もあります。
片麻痺を生じるような病変が両側にある場合も四肢麻痺となりますが,両側片麻痺という場合もあります。
四肢麻痺でも,麻痺が上肢より下肢に強い場合に両麻痺といいますが,脳性麻痺に対して使われることがほとんどだと思います。
一部の筋の運動麻痺(限局性麻痺)
単麻痺より狭い範囲での筋の麻痺です。
末梢神経障害によって生じる運動麻痺を指すことがほとんどです。
橈骨神経麻痺や腓骨神経麻痺などがあります。
上位運動ニューロン障害と下位運動ニューロン障害の鑑別
上位・下位運動ニューロン障害の鑑別の要点を表に示します。
損傷部位や損傷の進行度合いにより,様々な症状となりますので,表に当てはまらないこともあります。
上位運動ニューロン障害 | 下位運動ニューロン障害 |
痙性麻痺 | 弛緩性麻痺 |
筋萎縮なし | 筋萎縮あり |
バビンスキー反射陽性 | バビンスキー反射陰性 |
線維束性収縮なし | 線維束性収縮あり |
広い範囲で麻痺が生じることが多い。 | 狭い範囲で麻痺が生じることが多い。 |
おわりに
運動麻痺の評価や症状の詳細などについては,以下の記事でまとめています。
上田の 12 段階片麻痺機能テストの実際(2)サブテスト – 全体
上田の 12 段階片麻痺機能テストの実際(3)サブテスト – 上肢
上田の 12 段階片麻痺機能テストの実際(4)サブテスト – 下肢
錐体路障害は錐体外路の障害で起こる?(錐体路障害のメカニズム)
スポンサーリンク参考文献
1)中島喜代彦: 運動麻痺, 理学療法ハンドブック改訂第4版第1巻. 細田多穂, 柳澤健(編), 協同医書出版社, 2010, pp511-544.
2)田崎義昭, 斎藤佳雄: ベッドサイドの神経の診かた(改訂18版). 南山堂, 2020, pp157-160.
3)岩田誠: 神経症候学を学ぶ人のために. 医学書院, 2004,pp183-185.
2020 年 9 月 28 日
2018 年 7 月 17 日
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