痛みの定義(IASP 2020)と分類

はじめに

痛みの定義と分類に関して重要なところをまとめます。

痛みの定義については,国際疼痛学会(IASP)の新しくなった定義を紹介します。

痛みの分類には様々なものがありますが,最も重要な発生機序による分類をとりあげます。

国際疼痛学会(IASP 2020)による痛みの定義

International Association for the Study of Pain(IASP)による痛みの定義が 2020 年に改定されました1)
日本疼痛学会による日本語訳2)を引用します。

「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」

付記

  • 痛みは常に個人的な経験であり、生物学的、心理的、社会的要因によって様々な程度で影響を受けます。
  • 痛みと侵害受容は異なる現象です。 感覚ニューロンの活動だけから痛みの存在を推測することはできません。
  • 個人は人生での経験を通じて、痛みの概念を学びます。
  • 痛みを経験しているという人の訴えは重んじられるべきです。
  • 痛みは,通常,適応的な役割を果たしますが,その一方で,身体機能や社会的および心理的な健康に悪影響を及ぼすこともあります。
  • 言葉による表出は、痛みを表すいくつかの行動の1つにすぎません。コミュニケーションが不可能であることは,ヒトあるいはヒト以外の動物が痛みを経験している可能性を否定するものではありません。

痛みの定義の補足説明

痛みは,たんなる感覚神経の活動ではなく,感覚と情動に関する不快な体験である,というところがポイントだと思います。

「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た」という表現から,他の不快な体験,例えば,吐き気,かゆみ,めまいなどではなく,いわゆる痛みであることがわかります。

以前の定義と比較してみます。
以前の痛みの定義は「実際の組織損傷や潜在的な組織損傷に伴う,あるいはそのような損傷の際の言葉として表現される,不快な感覚かつ感情体験3)」でした。

新しい定義では「言葉として表現される」がなくなりました。
このことで,新生児や失語症患者のような痛みを言葉で表現することができない人,あるいは人間以外の動物の痛みも定義できるようになっています。

「あるいはそれに似た」が加えられたことで,より多くの病態を含めることができるようになっています。

発生機序による痛みの分類

これまでは,侵害受容性疼痛,神経因性疼痛,心因性疼痛の 3 つに分類されていましたが,新たに,心因性疼痛のかわりに「痛覚変調性疼痛 nociplastic pain」という概念が使われるようになっています。

侵害受容性疼痛 nociceptive pain4)

組織への侵害刺激(組織の損傷,あるいは損傷の可能性)によって侵害受容器が働いて生じる痛みです。
正常な神経によって生じる痛みであり,神経の障害は生じていません。
神経組織への侵害刺激によって生じる痛みは侵害受容性疼痛ではありません。

神経障害性疼痛 neuropathic pain4)

体性感覚神経系の損傷(lesion)や疾患(disease)によって生じる痛みです。

神経系が正常ではないところが,侵害受容性疼痛と異なります。

損傷(lesion)とは,画像診断や生検などによって異常が明らかになった場合や,明らかな外傷があった場合を指しています。
疾患(disease)は,脳卒中や糖尿病のような病変の根本的な原因が分かっている場合を指しています。

以前は,体性感覚神経系の何らかの異常に関係する痛みはすべて神経障害性疼痛と呼んでいたのですが,今は,神経系の損傷や疾患が明らかなものだけを神経障害性疼痛と呼ぶようになっています。

心因性疼痛 psychogenic pain5)

侵害受容性疼痛ではなく(侵害受容器は刺激されておらず),神経障害性疼痛でもない(体性感覚神経系にも異常がない)のに生じる痛みで,心の病によって生じる痛みです。

組織損傷のような器質的病変や機能的異常がなければ心の問題であるという単純な考え方からくる分類です。

純粋な心因性疼痛は少ないとされており,IASP の用語集に psychogenic pain はありません。
そして,次に述べる,Nociplastic pain という概念に変わりつつあります。

痛覚変調性疼痛 nociplastic pain4)

侵害受容系の変化によって生じる痛みで,侵害受容器を刺激する組織損傷や組織損傷が起こりうる状態を示す明確な根拠はなく,痛みを生じるような体性感覚神経系の疾患や損傷を示す根拠がないにもかかわらず生じる痛みです。

痛覚変調性疼痛は新たに作られた概念です。
神経系の損傷や疾患が明らかなものだけを神経障害性疼痛と呼ぶようになり,例えば,CRPS Type I による痛みは神経障害性疼痛ではなくなり,侵害受容性疼痛でも心因性疼痛でもないため,どこにも分類できなくなりました。
そのような痛みを分類するための新たな概念です。

Nociplastic pain の日本語訳は,日本痛み関連学会連合用語委員会の提案によるものです。

おわりに

痛みは,感覚,情動,認知の 3 つで構成されるという考え方8)があるのですが,IASP の定義では,認知の影が薄いと感じました。
痛みを理解するのは本当に難しいと思います。

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参考文献

1)Raja SN, Carr DB, et al.: The revised International Association for the Study of Pain definition of pain: concepts, challenges, and compromises. Pain. 2020; 161: 1976-1982. doi: 10.1097/j.pain.0000000000001939.
2)改定版「痛みの定義:IASP」の意義とその日本語訳について
3)痛み用語(Pain Terms)用語の定義と使用法の注解
4)IASP Terminology
5)永田雅章: 神経因性疼痛とは. 総合リハ. 2003; 31: 407-410.
6)細川豊史: 慢性疼痛の定義と分類. 日本臨牀. 2019; 77: 1898-1903.
7)中西美保, 福井聖: 慢性疼痛「総論」. 医学と薬学. 2020; 77: 7-14.
8)井関雅子, 河合愛子, 他: 慢性疼痛の概論. 日本臨牀. 2019; 77: 1884-1888.
9)Nociplastic pain の日本語訳に関する用語委員会提案

2021 年 2 月 3 日
2022 年 11 月 2 日

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