はじめに
走行(ランニング)に関して,その周期(相),各関節の動き,筋の活動などについてまとめます。
走行周期は統一されておらず,走行の研究もそれほど進んでいるとはいえない状況です。
この記事では「ペリー 歩行分析1)」の内容を中心にまとめています。
様々な数値は,走るペースが 4分 / km くらいのときのものです。
フルマラソンで 3 時間をきるペースですから,かなり速いペースですが,全力疾走ではありません。
歩行周期についての知識があること前提としています(歩行に関する記事の一覧があります)。
目次
走行周期の概要
走行の特徴は,遊脚期が立脚期よりも長く,どちらの下肢も接地していない時期が,1 走行周期中に 2 回あることです。
また,走行では両下肢支持期がありません。
立脚期と遊脚期の時間比率は,歩行は 60 : 40 で立脚期の方が長いのですが,走行は 35 : 65 と逆になります。
走行周期には,立脚期,初期滞空期,遊脚中期,後期滞空期の 4 つがあります(図 1)。
初期滞空期,遊脚中期,後期滞空期の 3 つは遊脚期です。
立脚期 stance
初期接地から足趾離地までです。
右下肢でいうと,右の初期接地から右の足趾離地までです(図2)。
時間配分としては,0 〜 35% GC注1)です。
単下肢支持期です。
反対側は遊脚中期です。
立脚期は,さらに荷重応答期,立脚中期,立脚終期の 3 つに分けることができます。
両下肢支持期がないので,前遊脚期はありません。
定義は明示されていません。
歩行周期と同じ定義は両下肢支持期がないために使えませんが,ロッカーファンクションの違いで分ければいいと思います。
荷重応答期は,ヒールロッカーが生じるときで,初期接地から足底接地までです。
立脚中期は,アンクルロッカーが生じるときで,足底接地から踵離地までです。
立脚終期は,フォアフットロッカーが生じるときで,踵離地からつま先離地までです。
前足部接地だと,ヒールロッカーはありません。
前足部接地の場合,足部の外側から接地し,次に足部の内側が接地するという動きがありますので,その動きが荷重応答期になると思います。
この記事では,これ以降は踵接地のみを扱います。
初期滞空期 early float
足趾離地から反対側の初期接地までです。
右下肢でいうと,右の足趾離地から左の初期接地までです(図3)。
遊脚初期 early swing2)ともいいます。
35 〜 50% GC です。
遊脚中期 middle swing
反対側の初期接地から反対側の足趾離地までです。
右下肢の遊脚中期は,左の初期接地から左の足趾離地までです(図4)。
反対側の立脚期と一致します。
50 〜 85% GC です。
後期滞空期 late float
反対側の足趾離地から初期接地までです。
右下肢でいうと,左の足趾離地から右の初期接地までです(図5)。
遊脚後期 late swing2)ともいいます。
反対側の初期滞空期と一致します。
85 〜 100% GC です。
走行時の各関節の動き
走行中の各関節の動きについて解説します。
数値は文献 2)のものです。
図 6 に足関節,膝関節,股関節の運動を示します。
足関節
初期接地では 4° 背屈位です。
すぐに底屈し,5 〜 6% GC くらいで前足部が接地し,底屈角度は 3° です。
これは荷重応答期のヒールロッカーの動きです。
足関節の底屈が生じないこともあるようです。
前足部が接地すると背屈に変わります。
20% GC くらいで最大背屈位(17°)になります。
アンクルロッカーの動きです。
その後は底屈し,つま先離地の直前は 25° 底屈位です。
フォアフットロッカーの動きです。
初期滞空期の初めの数% GC ではまだ底屈しており,32° まで底屈してから背屈に転じます。
遊脚期の間は,足関節は背屈を続けます。
遊脚中期の始めは 24° 底屈位,遊脚中期の終わりに 2° 底屈位です。
後期滞空期の終わりまでに 6° 背屈位になり,初期接地では 4° 背屈位です。
膝関節
初期接地では 15° 屈曲位です。
屈曲していき,15% GC あたりで立脚期での最大屈曲位(38°)になります。
その後は伸展していき,つま先離地の直前で 13°屈曲位です。
初期滞空期が始まるときにはまだ 13° 屈曲位で,膝関節は一瞬止まりますが,すぐに屈曲が始まります。
初期滞空期の間は屈曲を続けます。
遊脚中期の前半も屈曲が続きます。
そして,68% GC あたりで最大屈曲位(103°)になります。
そして,遊脚中期後半は伸展していきます。
後期滞空期も伸展が続き,98% GC あたりで 9° 屈曲位となり,最後は屈曲しながら初期接地を迎えます。
股関節
初期接地では 20° 屈曲位で,11% GC くらいまでに 23° まで屈曲します。
わずかな屈曲であり,屈曲位を保っているともいえます。
その後,立脚期の間は伸展していき,つま先離地で 11° 伸展位です。
初期滞空期は 9° 〜 10° 伸展位を保ちます。
遊脚中期になると屈曲が始まり,78% GC くらいで,屈曲 31° に達します。
遊脚中期の残りの間,股関節は伸展しますが,角度変化はわずかです。
後期滞空期にも伸展を続け,95% GC あたりで屈曲 15°です。
後期滞空期の終わりには屈曲していくのですが,角度変化はわずかで,屈曲位を保っているともいえます。
走行時の筋の活動
下腿後面の筋群
腓腹筋とヒラメ筋の活動のピークは立脚期の中頃までに起こります。
文献1)には,そのピーク時の筋電図の振幅は歩行と同程度であると書かれていますが,歩行は %MHR,走行は %MMT で単位が異なりますので,同程度というのは誤りなのかもしれません。
ヒラメ筋より腓腹筋の方がより長く働きます。
腓腹筋は立脚期の後半に膝関節の過伸展を防いでいるからです。
後脛骨筋と短腓骨筋の活動のピークも立脚期の中頃までに起こります。
歩行だと立脚終期にピークがあります。
振幅は歩行時よりも大きくなります。
後脛骨筋は荷重応答期に生じる距骨下関節の外反を遠心性収縮で制御します。
下腿後面の筋は,立脚期の中頃までに活動のピークに達し,その後急速に活動を弱めます。
つま先離地直前における立脚期最後の踏切の力を作り出してはいないということです。
踏切の力は,歩行と同じで,引き伸ばされていたアキレス腱の短縮(弾性反跳)によるものです。
下腿後面筋群はアンクルロッカーにおける足関節背屈を制御しています。
踵を挙上する働きもありそうですが,文献1,2)には書かれていません。
また,踵離地のタイミングも書かれていませんので,活動のピークと踵の挙上の関係も分かりません。
前脛骨筋
立脚期での前脛骨筋は歩行時ほど強く活動しません。
しかし,歩行では立脚中期や立脚終期に活動を休止するのに対して,走行では常に活動しています。
また,走行では遊脚期の方がより強く活動します。
歩行では荷重応答期に前脛骨筋が下腿を前に引っ張るようにしてヒールロッカーを維持しています。
走行ではより短時間で下腿が前傾して立脚中期に移行し,ヒールロッカーの時間も短いため,前脛骨筋はあまり活動する必要がありません。
立脚期よりも遊脚期の方がより強く活動する理由は明記されていませんが,下肢を歩行よりも高速に回転させる中で足部を持ち上げるためだと思います。
前脛骨筋は,走行周期全体の 85% 以上で,20% MMT 以上で活動しています。
最大収縮より 20% 以上大きなレベルで筋が持続収縮すると過負荷になりやすいとされていますので,前脛骨筋はランニングによる障害が起こりやすいといえます。
大腿四頭筋
広筋群の活動パターンは歩行時のそれと似ていますが,振幅のピークは歩行時のおよそ 3 倍になります。
荷重応答期にピークに達して,衝撃吸収を行なっています。
大腿直筋は,歩行だと荷重応答期には活動しませんが,走行では活動します。
荷重応答期の後,膝関節が最大屈曲角度に達する前に大腿四頭筋の活動は減少し始めます。
立脚期後半の膝関節伸展では,身体が前進する勢いによって生じる伸展モーメントが働くため,大腿四頭筋の活動をそれほど必要としません。
内側広筋と外側広筋は中間広筋よりも多く活動します。
膝蓋骨の位置を制御するためです。
中間広筋と大腿直筋は,初期滞空期から遊脚中期にかけて,膝関節屈曲の拮抗筋として働き,膝関節屈曲を制御します。
また,大腿直筋は股関節屈筋としても活動します。
大内転筋
大内転筋の活動のピークは初期接地時です。
58% MMT に達します。
股関節伸筋として,接地時の股関節屈曲モーメントに抗します。
大内転筋は,股関節および骨盤を安定させる内転筋としても作用します。
後期滞空期には,初期接地に向けて活動を増していきます。
大殿筋下部線維
大殿筋下部線維の活動のピークは初期接地時です。
41% MMT に達します。
股関節伸筋として,接地時の股関節屈曲モーメントに抗します。
初期滞空期に股関節は伸展位を保ちますが,股関節伸筋はあまり活動していません。
後期滞空期には,初期接地に向けて活動を増していきます。
大腿二頭筋長頭
立脚期の中頃に活動の小さなピーク(52% MMT)があり,大腿二頭筋短頭とともに膝関節伸展の程度を制御します。
初期滞空期に股関節は伸展位を保ちますが,股関節伸筋はあまり活動していません。
後期滞空期に活動のピークがあります。
初期接地に備えて股関節が屈曲しすぎないよう制御します。
大腿二頭筋短頭
活動のピークは,立脚期後半,遊脚中期前半,後期滞空期の 3 回です。
立脚期の後半では膝関節伸展を制御しています。
初期滞空期からの活動は膝関節の屈曲を加速します。
後期滞空期でも,膝関節伸展を制御しています。
半膜様筋
半膜様筋は荷重応答期に活動しますが,大腿二頭筋ほどではなく(25〜30% MMT),その後,遊脚中期まで活動は減少し続けます。
初期滞空期に股関節は伸展位を保ちますが,股関節伸筋はあまり活動していません。
後期滞空期に活動のピークがあります。
初期接地に備えて股関節が屈曲しすぎないよう制御します。
大腿筋膜張筋
大腿筋膜張筋は走行周期の 75% で 20% MMT を超えて活動します。
股関節外転筋群として,拮抗筋である大内転筋とともに,股関節と骨盤の側方安定性に作用します。
股関節外転筋としては中殿筋が重要ですが,文献1,2)には中殿筋についての記載はありません。
腸骨筋
歩行での腸骨筋の活動は遊脚初期が中心ですが,走行では走行周期を通して活動し,遊脚中期の初めに活動のピークがあります。
遊脚中期での股関節屈曲に備えて,立脚期の終わりからその活動を増していきます。
遊脚中期の後半で股関節が最も屈曲するときには,股関節屈筋の活動は低下しています。
重心の上下動
論文2)では肩峰の上下動を測定しています。
一番高いときと低いときの差は 14.1 cm です。
上下のピークが走行周期のいつなのかは書かれていません。
文献1)では,では,重心が最も低くなるときに,重心は足部の真上にあるとなっています。
これは歩行だと最も高くなるときです。
足底の圧
足部で最も強い圧がかかるのは第 2 中足骨頭です。
そして,2 番目に強い圧がかかるのは,第 1・第 3 中足骨頭と母指です。
一般的なランニングシューズは踵での衝撃を吸収するように作られていますので,踵に強い圧がかかるイメージがありますが,踵にはそれほど強い圧はかかりません。
また,靴のアウトソールの後外側がすり減りますが,これは接地時に前後方向に擦れるからです。
速度変化の影響
速度によって立脚期と滞空期の時間の比率は変わります。
速度が上がるにつれて立脚期の割合が減り,滞空期の割合が増えます。
文献にその理由は明記されていません。
速く走るためには歩幅(ストライド)とケイデンス(ピッチ)のどちらか,あるいは両方を増やすことになります。
歩幅(ストライド)が増えるということは,飛んでいる時間(滞空期)が長くなるということですし,ケイデンス(ピッチ)を増やすために足を速く回転させれば足が地面についている時間(立脚期)は短くなるということだと思います。
走行速度によって筋の活動強度がどれくらい変わるのかについてはよく分かっていないようです。
短腓骨筋と後脛骨筋は速度が増せば,筋の活動強度も増すようです。
各関節の運動範囲は速度によって変わります。
走行速度が速くなると,遊脚期での股関節と膝関節の運動範囲は大きくなります。
股関節は速度があがると立脚期の終わりにより伸展するのですが,これはいわゆる長距離走の場合です。
短距離走(全力疾走)になると,股関節の伸展は逆に少なくなります3)。
前方への推進力
走行時の前方への推進力がどのように生じているのかは,完全には分かっていないようです。
文献1)には,「走行時の前方への推進力は,初期滞空期の股関節屈曲,遊脚中期,そして後期滞空期での膝関節の伸展によって生じる」とあります。
別の文献3)では,走行時の前方推進力を生み出すために使われる主要なパワーの源として,以下の 3 つを挙げています。
- 遊脚期後半と立脚期前半で働いている股関節伸筋群
- 足指離地の後に働く股関節屈筋群
- 大腿四頭筋,中殿筋,立脚相を通して働く底屈筋群
おわりに
走行(ランニング)に関する知見は,文献による違いが目立ちます。
複数の文献の内容を統合したかったのですが,かなり難しい作業になり,この記事では断念しました。
注釈
1)GC は gait cycle の略です。Gait という用語は,歩行だけでなく,走行も含みます。
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スポンサーリンク参考文献
1)武田功(統括監訳): ペリー 歩行分析 原著第2版 -正常歩行と異常歩行- .医歯薬出版, 2017, pp266-275.
2)Pink M, Perry J, et al.: Lower extremity range of motion in the recreational sport runner. Am J Sports Med. 1994; 22: 541-549. doi: 10.1177/036354659402200418.
3)武田功(統括監訳): ブルンストローム臨床運動学原著第6版. 医歯薬出版, 2013, pp533.
2020 年 10 月 1 日
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