エビデンスが意味することを,EBMの文脈と医療全体(患者の視点)の文脈のそれぞれにおいて考えてみました。
狭義のエビデンス
EBM (Evidence-Based Medicine) において,エビデンスという言葉は特別な意味で使われることがあり,それが狭義のエビデンスです。
EBM とは,大まかにいうと,従来の医療のプロセスに,臨床研究の結果の活用を加えるというものです。
そのEBMにおけるエビデンスとは,統計学的に優位な差がある臨床研究の結果です1)。
これが狭義のエビデンスです。
広義のエビデンス
同じく EBM において,情報収集というステップがあります。
それは様々な判断を行ううえでの情報(根拠)を集めるというステップです。
つまり,エビデンスを集めるということです。
狭義のエビデンスである「統計学的に優位な差がある臨床研究の結果」だけを集めるのではありません。
以下のような様々な根拠を集めます。
そして,それらが広義のエビデンスです。
EBMの教科書2)から引用します。
情報の種類 | 労力 | 関連性 | 妥当性 |
経験,直感 | 小 | 大 | 小 |
病態生理 | 小 | 大 | 小 |
他の医師の意見(同僚,先輩,専門医など) | 小 | 大 | 中 |
教科書 | 中 | 中 | 中 |
ガイドライン,総説論文 | 中 | 中 | 大 |
原著論文 | 大 | 中 | 大 |
労力とは,その情報を得るのに要する労力です。
関連性とは,自分自身が取り組もうとする問題との関連性です。
妥当性とは,ここでは情報そのものの正しさを表します。
経験と直感はエビデンスなのか
経験と直感は,研究論文などの狭義のエビデンスの対極にあるようなものですが,立派なエビデンスです。
「統計学的に優位な差がある臨床研究の結果」が,目の前の患者にも当てはまるかどうかは,最後は経験と直感で判断するしかないからです。
でも,医療の世界でエビデンスといった場合,多くは,狭義のエビデンスの意味で使っています。
「その治療にはエビデンスはありますか?」という質問は典型的で,「その治療には効果があることを証明した研究はありますか?」という意味です。
それでも,EBMの流れの全体や,医療行為全体を正しく理解するためには,広義のエビデンスがあることも知っている必要があります。
広義のエビデンスの使用例
治療を行う時には患者にその理由を説明します。
そういう場面での,広義のエビデンス使用例を挙げていきます。
病態生理はよく説明します。
理学療法であれば,「ここの筋力が弱くて,姿勢が悪くなり,,,だから筋力をつけましょう」みたいな説明です。
カンファレンスを踏まえて,治療方針を変えるという説明をするときには,「他の医師(セラピスト)の意見」を使うことがあります。
「よく行われている治療なんです」という説明は「教科書」や「ガイドライン,総説論文」にあることを説明したことになります。
「ガイドラインで勧めらている治療です」という説明もあります。
「効果があることが研究で示されているんです」という説明は,あまりしませんが,話の流れで必要になることがあります。
「あなたと同じような症状の方を何人か経験しましたが,,,」という説明は,経験というエビデンスを使っています。
「他の患者とは少し違う反応が出ていますので,慎重に進めていきます」というような説明は,直感の要素が多い説明です。
おわりに
医療従事者同士の会話で「エビデンスは?」と聞かれて,「直感です」と答えたら,たいていは怒られます。
でも患者は狭義のエビデンスだけでは納得しません。
患者は広義のエビデンスも求めています。
関連記事
EBMの定義とステップについては別の記事に書いています。
参考文献
1)名郷直樹: EBMの現状と課題, エビデンスに基づく理学療法 活用と臨床思考過程の実際. 内山靖(編), 医歯薬出版, 2008, pp18-38.
2)名郷直樹: EBM実践ワークブック-よりよい治療をめざして-. 南光堂, 1999, pp98-99.
2020年9月27日
2019年7月22日
2019年7月17日