エビデンスはなぜ必要なのか?個人の経験はいらないのか?

はじめに

EBM(Evidence Based Medicine)が広まり,誰もがエビデンスの必要性を認識するようになってきました。
しかし,エビデンスが必要である理由を即答できる人は少ないような気がします。

この記事では,エビデンスが必要である理由を解説し,さらに,エビデンスと個人の経験の関係についても解説したいと思います。

偶然誤差とバイアス

個人の経験だけでは,どうしても生じてしまう「誤り」があります。
その誤りは,偶然誤差とバイアスによって生じます。

偶然誤差とバイアスは,統計学や疫学における誤差の分類です。
誤差とは,実際に集められた結果と真実との間にある差のことです。

偶然誤差とは

偶然誤差とは様々な偶然によってランダムに生じる誤差のことです。

ある集団の握力の平均値を調べるとします。
標本を選ぶときに,ランダムに選んでいても,ある年齢層の人だけが多くなってしまうことがあります。
若い人が多ければ,握力の平均値は高くなるでしょうし,高齢者が多ければ,低くなるでしょう。
また,測定においても,技術を十分に習得し,理想的な条件で注意深く行っても,様々な偶然が重なり,どうしても誤差が生じます。
そのような誤差が偶然誤差です。

偶然誤差は,意図的に小さくすることは難しいのですが,統計学によって扱うことができます。

バイアスとは

バイアスとは偏りのことです。
系統誤差とも呼ばれます。

高齢者の握力の平均値を調べたいとします。
標本を,例えば公民館の体操教室に通っている人から選んだとすると,体操教室に通っている人はもともと運動が好きで,握力も強い人が多いかもしれませんし,握力の強さを維持できているからこそ体操教室に通うことができているということもありますので,握力の平均値は高めに出る可能性があります。
また,握力計が壊れていて,常に高い数値が出るようになっているかもしれません。

このような誤差がバイアスです。
偶然誤差では,結果はバラバラになりますが,バイアスでは高めになるとか低めになるといったように,ある方向に偏った結果になります。

バイアスは研究デザインや測定方法などの工夫によって小さくすることができます。

個人の経験による判断への影響

偶然誤差とバイアスが個人の経験による判断に対してどのように影響するのかを説明します。

ある治療法を多くの症例で行なった経験があり,いい結果が出ることが多かったので,その治療法は効果があると感じているとします。
このような個人の経験による判断でも,たいていはそんなに間違ってはいないものです。
しかし,なんらかの誤りが含まれている可能性があります。
もしかしたら,様々な偶然が重なり,たまたまよくなったのかもしれません(偶然誤差)。
あるいは,病院の運営方針の関係で,軽症者が集まっており,治療とは無関係にいい結果が得られやすかったのかもしれません(バイアス)。

エビデンスの必要性

個人の経験だけでは,その考えが間違っているかもしれないという不安が生じてしまいます。
そこで必要になるのがエビデンスです。

臨床研究から得られたエビデンスは,個人の経験と比べれば,偶然誤差やバイアスの影響を受けにくくなっています。
バイアスを避けるために研究デザインの工夫がされていますし,統計処理によって偶然誤差の影響を最小限にしているからです。

つまり,偶然誤差やバイアスによる誤った判断を減らすために,エビデンスが必要になるということです。

エビデンスとは

ここまでの話だけだと,個人の経験よりもエビデンスの方が重要であり,個人の経験は必要ないということにもなりそうですが,話はそれほど単純ではありません。

まずはエビデンスとは何かについて,狭義と広義に分けてみていきましょう。

狭義のエビデンスとは

EBM において,エビデンスという言葉は特別な意味で使われることがあり,それが狭義のエビデンスです。

EBM とは,大まかにいうと,従来の医療のプロセスに,臨床研究の結果の活用を加えるというものです。
その EBM におけるエビデンスとは,科学的な根拠のことであり,統計学的に優位な差がある臨床研究の結果のことです1)
それが狭義のエビデンスです。

広義のエビデンスとは

同じく EBM において,情報収集というステップがあります。
それは様々な判断を行ううえでの情報を集めるというステップです。
つまり,エビデンスを集めるということです。

EBM を解説する文献では,狭義のエビデンス(臨床研究の結果)を集めることがクローズアップされます。
しかし,実際に EBM を実践するときには,狭義のエビデンス以外にも様々なエビデンスを集めます。
それらが広義のエビデンスです。

情報の種類と特徴を説明する表を,EBMの文献3)から引用します。
広義のエビデンスの分類と解釈していいと思います。

情報の種類労力関連性妥当性
経験,直感
病態生理
他の医師の意見(同僚,先輩,専門医など)
教科書
ガイドライン,総説論文
原著論文
表1 情報源の種類と特徴

労力とは,その情報を得るのに要する労力です。
関連性とは,自分自身が取り組もうとする問題との関連性です。
妥当性とは,ここでは情報そのものの正しさを表します。

エビデンスの使用例

上の表での狭義のエビデンスは,ガイドライン,総説論文,原著論文です。
それ以外のものも広い意味ではエビデンスであるということをご理解いただくために,エビデンスの使用例を示したいと思います。

患者にその治療を行う理由を説明する場面です。

病態生理はよく説明します。
理学療法であれば,「ここの筋力が弱くて,姿勢が悪くなり,,,だから筋力をつけましょう」みたいな説明です。

カンファレンスを踏まえて,治療方針を変えるという説明をするときには,「他の医師(セラピスト)の意見」を使うことがあります。

「よく行われている治療です」という説明は「教科書」や「ガイドライン,総説論文」にあることを説明したことになります。

「効果があることが研究で示されています」という説明は,あまりしませんが,狭義のエビデンスを示したことになります。

「あなたと同じような症状の方を何人か経験しましたが,,,」という説明は,経験というエビデンスを使っています。
「他の患者とは少し違う反応が出ていますので,慎重に進めていきます」というような説明は,直感の要素が多い説明です。

「経験と直感」はエビデンスなのか

経験と直感は,研究論文などの狭義のエビデンスの対極にあるようなものであり,経験と直感がエビデンスの一つであるという考えを持っている人は少ないと思います。
しかし,経験と直感も立派なエビデンスです。

臨床研究から得られた狭義のエビデンスは,情報そのものの正しさは保証されていますが,一般論であり,目の前の患者に当てはまるかどうかは分かりません。
狭義のエビデンスが目の前の患者にも当てはまるかどうかは,総合的に判断するしかなく,経験と直感で判断するしかないことも多々あります。

上述の使用例で示したように,エビデンスは場面によって使い分けるということです。

個人の経験はいらないのか?

もうお分かりだと思いますが,個人の経験がいらないということではありません。
そして,狭義のエビデンスが常に重要というわけではありません。

偶然誤差やバイアスによる誤りを防ぐため,狭義のエビデンスが必要です。
しかし,個人の経験も狭義のエビデンスも広い意味でのエビデンスに含まれるものであり,状況によっては狭義のエビデンスではなく,個人の経験の方が適切なエビデンスとして求められます。

おわりに

ちょっと難しく書いてきましたが,他人の意見も聞いてみようという謙虚な姿勢があればいいという,ただそれだけのことなのかもしれません。

参考文献

1)対馬栄輝: 研究デザインと統計解析の基礎. 理学療法学. 2017; 44: 463-469.
2)名郷直樹: EBMの現状と課題, エビデンスに基づく理学療法 活用と臨床思考過程の実際. 内山靖(編), 医歯薬出版, 2008, pp18-38.
3)名郷直樹: EBM 実践ワークブック-よりよい治療をめざして. 南江堂, 1999, pp98-99.

関連記事

EBM とは(最低限押さえておきたいところ)
研究デザイン分類の基礎

2021年7月14日 別の記事の内容を統合しました。
2017年12月31日

コメント

タイトルとURLをコピーしました