医療面接〜ロールプレイのシナリオ集(理学療法士向け)

はじめに

医療面接(メディカルインタビュー)の練習方法の一つにロールプレイがあります。
以前,理学療法士養成校の授業でロールプレイを行なっていて,その時に作ったものを集めてみました。
患者の感情面に注目したロールプレイです。
シナリオは 11 個あります。

ロールプレイの実施方法は別の記事にまとめています。
一つ目のシナリオはその記事からの再掲です。

シナリオには感情面での衝突につながるようなストーリーが仕組まれています。

各シナリオ毎に簡単な解説を入れています。

シナリオのタイトルはロールプレイを行う時にはありません。
ネタバレになることがありますので。

目次

シナリオ 1(一人で静かにしていたい)
シナリオ 2(リハビリなんてしてない)
シナリオ 3(震災は去年)
シナリオ 4(突然の切断)
シナリオ 5(家族を思い出せない)
シナリオ 6(似ているから嫌い)
シナリオ 7(私が悪いの?)
シナリオ 8(妻が来るから)
シナリオ 9(新人は嫌)
シナリオ 10(頼りない学生)
シナリオ 11(息子に学生がつくのはちょっと)

シナリオ 1(一人で静かにしていたい)

患者用シナリオ

あなたは 80 歳です。
5 年前に足の骨を折って家に帰れなくなり,今の施設にいます。
どちらの足だったか?足のどこを折ったのか?分からなくなってしまいました。
特に楽しいことはありません。
バードウォッチングが好きでしたが,70 歳のころに目が悪くなり,重たいスコープを持って山に行くのも大変になり,行かなくなりました。
今ではバードウオッチングが趣味だったことも忘れてしまいそうですし,部屋から見る鳥の名前も出てこなくなりました。
好きな芸能人がいるわけでもなく,スポーツにも特に興味はありません。
妻(夫)とは 55 歳の時に離婚しており,ずっと一人暮らしです。
子供には恵まれず,親兄弟もすでに他界しています。
甥が帯広あたりにいるはずですが,相続トラブルがあり,もうずっと会っていません。
友達もみんな死んでしまいました。
事実上の天涯孤独です。
この先,楽しいことがあるようには思えません。
リハビリは嫌いではありませんが,やる気もありません。
リハビリの先生はだいたいいつも元気ですが,それを不快に感じることもあります。
これまでの人生いろいろあったけれど,それなりに満足しています。
このまま一人で静かに天国に行くのも悪くないことのように思えてきました。
今日も一人で静かにしていたいと思います。

PT 用シナリオ

あなたは介護老人保健施設に勤める理学療法士です。
ある利用者を担当しています。
5 年前に右大腿骨頚部骨折を受傷し,それ以来,自宅には帰っていません。
長谷川式簡易知能評価スケールの点数は 25 点で,歩行は近監視レベルです。
両膝とも軽度の変形性膝関節症があります。
最近あまり元気がありません。
理学療法を拒否するわけではないのですが,できれば休みたいようです。
もともと物静かな性格のようです。
離婚しており,子供もおらず,親戚には連絡がつきません。
趣味は特になく,毎日の生活で楽しいことは特にないと言っていました。
今から理学療法を行うため,その方を部屋まで迎えに行きます。
なんとか楽しい気分で理学療法を行いたいと思います。

解説

うつ傾向にある人を励まそうとすることの是非が大きなテーマになっています。

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シナリオ 2(リハビリなんてしてない)

患者用シナリオ

あなたは 65 歳です。
交通事故で太ももの骨を折りました。
3 日前の事です。
頭も強く打ったそうです。
事故のことはよく覚えていませんが,自分の方に向かって猛スピードで走ってくる車のことは覚えています。
いつもぼんやりしている感じがあります。
折れたところに痛みはなく,膝の曲げ伸ばしもでき,手術後の経過は順調のようです。
でも,骨がまだついていないので体重をかけることができず,松葉杖を使っています。
骨折をすればすぐにリハビリをするものだと思っていましたが,順調であるからか,まだ始まっていません。
白衣を着た見知らぬ人が訪ねてきました。

PT 用シナリオ

あなたは急性期病院に勤務している理学療法士です。
大腿骨骨幹部骨折の A さん(65 歳)を担当しています。
A さんは信号無視の車にはねられて受傷しました。
髄内釘による内固定が行われ,術後 6 週が経過しています。
頭部外傷によるエピソード記憶の障害があり,その程度には日差変動があります。
骨折部周囲の疼痛はなくなっており,可動域制限もありません。
経過は順調で,部分荷重を開始する予定でしたが,仮骨の形成が不十分であるため,荷重は延期となりました。
主治医からの説明がありましたが,記憶障害で忘れているかもしれません。
理学療法士からも再度説明することになっています。
病室まで迎えに行き,そこで説明することにしました。

解説

患者は理学療法を行われてきたことを覚えておらず,担当 PT のことも全く覚えていません。

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シナリオ 3(震災は去年)

患者用シナリオ

あなたは 50 歳です。
去年の神戸での大きな地震で右の脛の骨を折り,入院しています。
母親と二人暮らしでした。
早朝の大きな揺れで目覚めて,あっという間に家の下敷きになり,動けなくなりました。
救出されるまでの間,母を呼んでいましたが,返事はありませんでした。
病院で足の手術をした後に,母が亡くなったことを知らされました。
母を助けられなかったことが悔やまれます。
でも,どうすることもできませんでした。
自分だけが生き残ってしまいました。
今はリハビリのために入院しています。
まだ脛がしびれているし,力も入らないのですが,先生はその足の治療をしてくれません。
このごろは腰の治療をしています。
何か考えがあるのかもしれませんが,もういやになりました。
今日は触られたくないと思い,リハビリを休むことにしました。
病室でうとうとしていると,先生がやってきました。

PT 用シナリオ

あなたは回復期の病院に勤める理学療法士です。
ある患者を担当しています。
70 歳で重度の認知症です。
会話は表面的には成り立ちます。
腰椎圧迫骨折後に廃用が進んでしまいましたが,現在は近監視での歩行が可能になりました。
骨折部は安定しています。
20 年前の神戸の地震で右脛骨の骨折があったようですが,詳細は分かりません。
今日の理学療法は休みたいと言っているそうです。
部屋に行って話を聞き,休む理由を聞き出すことにしました。

解説

患者は重度の認知症です。
50 歳だと思っていますが,実際には 70 歳です。
記憶の時系列がおかしくなっていて,過去の疾患の治療を希望しています。

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シナリオ 4(突然の切断)

患者用シナリオ

あなたは 28 歳で,高校で体育の先生をしています。
一人暮らしです。
中学生の時から陸上が好きで,長距離でインターハイにも出場しました。
地方の高校を卒業後はこちらの体育大学を卒業し,そのまま現在の仕事に就きました。
3 週間前から右の踵が痛くなり,徐々に歩けなくなってきたために,5 日前にこの病院の整形外科に入院をして精密検査をしました。
先生は検査はちっとも痛くないと言っていたのですが,実際にはとても痛くて,痛みは検査後にさらにひどくなったような気がしています。
痛みはずっと続いているのですが,先生は「本格的な治療は検査結果が出てから」と言って,痛み止めの座薬を使う以外には,取り立ててちゃんとした治療をしてもらっていません。
ここ数日大変イライラしています。
今朝,先生から検査結果の説明があり,バイオプシーの結果は悪性の骨肉腫であったということで,手術をして足を切断しなければ助からないと言われました。
まだ早期なので,ほとんど心配はなく,問題になるとしたら足を膝の上で切るか,膝の下で切るか,どちらにするかを決めなければならないぐらいだと先生は言っていました。
先生は気楽に言ってましたが,自分としては足を切断しなければいけないなんて思いもしないことで,もうびっくりしてしまって何をどう考えたらいいのかもよく分からないような状態です。
数年前からフルマラソンにもチャレンジしています。
年に数回はレースに参加しており,タイムアップを目標にして本格的に取り組んでいます。
1 年程前からレースで知りあった人と遠距離交際中で,将来的にはその人と結婚できたらよいなと考えています。
今回の入院については,たいした事ないと思っていたし,心配をかけてもいけないと思って,まだ交際相手にも実家の家族にも何も言っていません。
手術は3日後の予定です。
病気や手術のことを交際相手や実家の家族になんて言えばいいのか想像もつきません。
足を切断してしまって仕事が続けられるのか,結婚はどうなるのか,これからの事に対するいろんな不安が一度に湧き出してきて,どうして良いか訳がわからないような状況です。
あれこれといろんなことを考えてどうしようと思っているところに,見たことのない医療者がやってきました。

PT 用シナリオ

あなたは理学療法士です。
整形外科病棟に入院中の患者を担当することになりました。
患者は高校で体育の先生をしている一人暮らしの28歳の女性(男性)です。
右足踵の骨肉腫のため 3 日後に下肢の切断手術が予定されています。
手術後は義足を付けて歩行できるようになることを目標にして理学療法を行うのですが,下肢切断の患者さんは,切断のショックや義足姿を他人から見られたくないという心理のため,往々にしてリハビリテーションに消極的になってしまい,関節可動域制限を生じたり,十分に歩行機能が回復しないリスクがあります。
これから最初の面接に行きます。
目的は信頼関係の構築と動機づけを図ることです。
可能であれば理学療法室に移動して松葉杖歩行練習を行う予定です。

解説

このシナリオは私が受講した研修会のものをアレンジしたものです(全国私立リハビリテーション学校連絡協議会第 15 回教員研修会・第 8 回教育研究大会. リハスタッフに必要なコミュニケーションスキル. 岐阜大学医学部医学教育開発研究センター, 藤崎和彦)。

切断となり,かなり混乱しているうえに,医師の対応に不満を持っているという,かなり大変な状況です。

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シナリオ 5(家族を思い出せない)

患者用シナリオ

あなたは 47 歳の弁護士です。
妻(夫)と娘(12 歳)がおり,3 人家族です。
年収は 2000 万円です。
少々,「やばい仕事」もありますが,娘を海外の中学校に留学させたいと思っており,お金が必要です。
ある日,コンビニへコーヒーを買いに行きました。
そこで運の悪いことに強盗にあい,銃で撃たれてしまいました。
でも,その時の事はまったく覚えていません。
頭に行く血管を撃たれ,1 か月間も意識がなかったそうです。
意識が戻ってからも一言も喋ることができず,右の手足は動かず,事故より前のことはまったく思い出せません。
救急で運ばれた病院からリハビリ専門の病院に移りました。
今は言葉が戻り,右の手足の麻痺もほとんど気になりません。
でも記憶が戻りません。
今日はついに退院の日を迎えました。
言葉と身体のリハビリは終わり,記憶のリハビリは別の病院に通院して続けることになりました。
慣れた先生にみてもらえないのが不安です。
そして,もっと不安なことは家族を思い出せないことです。
妻(夫)と娘は他人にしか思えません。
知らない人と生活し,リハビリを続けることなんてできません。
退院は延期してもらおうと思いますが,そんなワガママはいえないことも分かっています。
退院の準備をするわけでもなく,悶々とした時間が過ぎていきます。
そこへ担当の理学療法士が訪ねてきました。

PT 用シナリオ

あなたは回復期リハビリテーション病院の理学療法士です。
今から今日退院する B さんのところに挨拶にいき,退院後の生活での注意点を再確認しようと思っています。
B さんは 47 歳の弁護士で,妻(夫)と娘(12 歳)の 3 人家族です。
B さんはコンビニ強盗に銃で撃たれ,全失語,右片麻痺,記憶障害となりました。
失語と運動麻痺については順調に回復しました。
現在,コミュニケーションの障害はなく,言語療法は終了となりました。
麻痺に関しては,右のフットクリアランスに多少の不安が残るものの,通常の歩行スピードではまったく問題はありません。
理学療法も終了です。
ただし,記憶障害が残っており,事故より以前のことはほとんど思い出せません。
でも,別の病院で記憶障害に対する治療は続けられることになりました。
家族はリハビリテーションに対して協力的で,経済的にも問題はありません。
たいへんではありましたが,リハビリテーションはうまくいった方だと思います。
部屋に行ってみると,B さんはボーっと椅子に座っており,退院の準備も進んでいないようです。

解説

順調にリハビリテーションが進んだと思っていたが,実際にはかなり強い不安が残っていたという話です。
こういう時,PT 側が動揺してしまわないことが大切なのかもしれません。
日本では起こりにくそうな設定です。
このストーリーは,ハリソン・フォード主演の映画「心の旅(Regarding Henry),1991 年」から得たものです。

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シナリオ 6(似ているから嫌い)

患者用シナリオ

あなたは 70 歳です。
4 か月くらい前に突然の脳卒中で左の手足が動かなくなりました。
今のリハビリ病院には 3 か月くらい前にやってきました。
杖で何とか歩けるようになりましたが,一人では怖くて歩くことができません。
昨日のリハビリの時に担当の理学療法士の先生が自宅のことを聞いてきました。
そのときはなんでそんなことを聞いてくるのかが分からず,戸惑ってしまい,うまく説明できませんでした。
それに,いろんな先生に担当してもらい,皆が同じようなことを聞いてくるので答えるのが面倒でした。
家の事を聞かれるのは,退院が近いということなのかもしれません。
早く家には帰りたいのですが,まだ退院は無理だと思います。
家族にはできるだけ迷惑をかけたくはありません。
こんな身体でどうやって家で生活すればいいのだろうと不安になります。
家でも何とかやっていけるということになれば,無理やり家に帰らされるのではないかという不安もあります。
正直には答えないほうがいいかもしれないと思っています。
担当の先生について気になっていることがあります。
話し方が妻・夫に似ていることです。
出身地が同じであるようです。
妻・夫とは 40 年以上連れ添ってきましたが,夫婦円満というわけでもありません。
病院にまで妻・夫と似たような人がいると思うと,どことなく不愉快です。
その先生が迎えに来ました。

PT 用シナリオ

あなたは回復期リハビリテーション病院で理学療法の実習をしている学生です。
1 週間前から 70 歳の脳卒中左片麻痺患者を担当しています。
発症 4 か月で,3 か月前に急性期病院から転院してきました。
認知症ではないようですが,軽度の意識障害があるかもしれないとのことです。
T 字杖歩行の練習が始まったところです。
昨日,家屋環境について聞いたのですが,覚えていないといって黙ってしまいました。
本当に覚えていないのかもしれませんが,答えたくないという雰囲気もありました。
なぜそうなってしまったのか,心当たりはありません。
協力的な患者さんではあるのですが,だんだん話をしなくなってきています。
どこか,よそよそしい感じがあります。
退院できるかどうかを判断したいので,今日も改めて自宅の事を聞きたいと思います。
部屋からリハビリテーション室までの送迎の時に,時間をとってもう一度聞くことになりました。

解説

怒りが爆発するきっかけを学ぶことができるシナリオかなと思っています。
実習生にとって,患者から拒否されることは,とてもつらい経験になりますが,悪いのは学生だけではありません。
このシナリオを作った当時,そのことを伝えようとしていたのかもしれません。

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シナリオ 7(私が悪いの?)

患者用シナリオ

A さん,28 歳,女性(男性)。
あなたは会社員です。
そこそこの給料をもらっており,職場の人間関係も悪くはありませんが,特にやりがいを感じているわけではありません。
どちらかというと退屈な人生だと思っていましたが,来春から主任に昇進することになりました。
うれしい反面,自分に主任ができるようにはとても思えません。
職場には原付で通勤していました。
前を走る乗用車に続いて狭い道にさしかかったところで,対向車がやってきて,停車しました。
すると,前の車が突然バックしてきました。
後のバイクに気付いていなかったようです。
脛の骨が折れました。
折れたところはネジでとめてあります。
手術後,一週間で体重をかけてもいいことになりました。
不安に思いながらもリハビリに励んでいましたが,徐々に痛みが強くなってきました。
骨はついたのですが,痛みが引きません。
ついには体重をかけることができなくなってしまいました。
パンパンに腫れており,膝から下は白くなっています。
すぐに退院できるはずでしたが,もう 2 か月も入院していてまともに歩くこともできません。
担当の整形外科医からの説明はよく分からなかったのですが,神経の問題だそうです。
それって手術を失敗したという事なんでしょうか。
それとも脳の神経がおかしくなってしまったのでしょうか。
同室の C さんを担当している先生はこの病院の副院長です。
回診のときに,その先生に聞いてみたら,「気にしすぎだよ」と一笑されてしまいました。
それって自分の性格が悪いから痛くなったっていうことなのでしょうか。
今日は,主治医の整形外科の先生から新しい治療について説明してもらえることになっています。
首に注射をするらしく,それでまたおかしくなったらどうしようと不安です。
説明はリハビリの後です。
リハビリの時間が延びてしまえば,整形外科の先生からの説明が受けられなくなるかもしれません。
それに今日はいつもより痛みが強く,できることならリハビリは休みたいと思っています。
リハビリは時間通りに始まらないことも多いし,暖めた後に膝の治療をしてくれるのですが,最近はちょっとしか触ってもらえません。
そもそも悪いのは前を走っていたあの車です。
どうして私だけがこんな目にあうのだろうか。
あれこれと考えていて気がつけば,リハビリ室に行く時間を過ぎています。
「どうでもいいや」と思ったところでリハビリの先生がやってきました。

PT 用シナリオ

あなたは理学療法士です。
整形外科病棟に入院中の A さん(28 歳)を担当しています。
A さんは原付に乗っていて交通事故にあいました。
狭い道ですれ違うことができずにバックしてきた車にあてられたのです。
右の脛骨の骨幹部骨折で AO プレートで固定しました。
骨癒合は順調に進んでいましたが,CRPS を合併してしまいました。
術後 1 週間で荷重訓練を始めましたが,今は痛みのためにまったく荷重できず,院内移動は両松葉杖と車椅子を併用しています。
右下肢に対してはホットパックの後に愛護的な関節可動域運動を行っています。
さらに左下肢の廃用予防のための治療も行っています。
術後 8 週目のある日のことです。
予約の時間になっても理学療法室に現れません。
A さんは時間にルーズなところがあり,こんなことは今までにもありました。
他の患者さんにも迷惑がかかっており,少し困っています。
今日は病室まで迎えに行き,なぜ時間を守れないのか,理由を問いただしてみようかと思っています。

解説

患者は,もともと心理的な問題を抱えていたところに不運が重なってしまいました。
医療者側の対応にも色々と問題があり,不信感が高まっています。
そして,理学療法士が患者の性格の問題だと思い始めているところが一番の問題です。

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シナリオ 8(妻が来るから)

患者用シナリオ

A さん,80 歳,男性(女性)。
あなたは老人保健施設に入所してます。
妻(夫)と二人暮らしで平和な老後を送っていましたが,家で転び足の骨を折ってしまい,それから何年も病院と施設を転々としています。
骨を折っただけで,どうしてこんなことになるのだろうかと思います。
妻がめったに見舞いに来ないのが気になっています。
一人娘が近くに住んでいて,よく来てくれます。
いずれは娘夫婦の家に厄介になりたいと思っています。
この施設ではひどい扱いを受けています。
まさしく,年寄り扱いです。
年寄りだから仕方がないのかもしれませんが,若いころの自分を知ったらみんな驚くぞと思います。
リハビリも時々あるだけです。
だから家に帰れないんだと思います。
でも,今朝,鏡を見たら頭はボサボサで,髭も剃っておらず(化粧をするわけでもなく),ひどいなりです。
見知らぬ人がやってきてリハビリに行こうと言います。
今日は何か用事があったように思います。
どこかに行こうと思ったはずですが,思い出せません。
妻が来るかもしれません。
とりあえず断っておこうと思います。

PT 用シナリオ

あたたは老人保健施設で働いている理学療法士です。
担当している A さん(80 歳)を迎えに行くところです。
A さんの妻(夫)は2年前に亡くなっていて,独り暮らしでした。
娘がいますが,A さんと一緒に暮らしたいとは思っていないようです。
1 年前の右大腿骨頚部骨折で人工骨頭置換術を受けています。
10 年前には脳梗塞を発症したようですが,詳しい情報はありません。
ごく軽い左片麻痺があります。
急性期病院,回復期病院を経て,老人保健施設に入所しました。
認知症がありますが,簡単な会話は可能です。
入所して 1 か月です。
A さんはときどきリハビリテーション室に行くことを嫌がります。
廃用が進んできているようです。
できるだけリハビリテーション室には来てもらいたいと思っています。

解説

認知症の方にはありがちな状況です。
担当理学療法士のことは覚えていません。
設定上,奥さんや娘さんの話が出るかどうかは分かりませんが,出てしまうと難しい対応を迫られます。

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シナリオ 9(新人は嫌)

患者用シナリオ

あなたは 75 歳の女性(男性)です。
布団から出ようとした時にこけてしまい、右足の付け根の骨を折ってしまいました。
人工の骨を入れる手術を受け、3 週間のリハビリの後に今の病院に転院してきました。
以前にもこけたことがあり、その時は腰の骨が折れました。
それ以来、腰痛が続いています。
手術の前後で横になっていた時間が増えたせいでしょうか?腰の痛みがひどくなってしまいました。
手術をしてもらった病院ではリハビリの先生に腰を揉んでもらうと、しばらくは楽になり、リハビリも何とかすることができました。
今の先生は腰の治療はしてくれません。
腰が痛いと訴えれば腰を触ってくれますが、触られるだけで何も変わりません。
何人かベテラン風の先生がいます。
その先生に診てもらえばもっと良くなるのかもしれません。
腰の骨を折り、今度は足の骨を折り、このままだんだん弱っていって寝たきりになってしまいそうです。
不幸続きでなんだか元気が出ません。
腰も痛くて悲しくなってきました。
今日はとにかく腰が痛いので、リハビリを休みたいと看護師さんに伝えました。
そこに担当の先生がやってきました。
ベッドの上でできることをするというのですが、今日は勘弁してほしいと思います。

PT 用シナリオ

あなたは回復期の病院で働いている 1 年目の理学療法士です。
右大腿骨頸部骨折で人工骨頭置換術を施行した 75 歳の A さんを担当しています。
急性期の病院から転院してきました。
申し送りによると、腰椎圧迫骨折の既往があり、術後に痛みが増悪したようです。
腰椎のモビライゼーションで痛みを抑えながら理学療法を行ったが、クリティカルパスからは遅れ気味であったとのことです。
あなたは、腰椎のモビライゼーションを十分に行うことができません。
そもそもなぜ腰が痛いのかが分かりません。
椎間関節を動かしてみましたが、A さんに尋ねても、「ちょっとましかな?」との返事でした。
上司に相談しても「自分で何とかしろ」と言われました。
まずは股関節の治療をして、だましだましやっていくしかないのかもしれません。
A さんは活気がなく、治療に対しても積極的ではありません。
今日は「腰が痛いから休みたい」と言っているようです。
ベッド上でできることをしようと思い、病室にやってきました。

解説

「自分で何とかしろ」はダメですよね。
新人理学療法士の技術の問題は,職場全体でカバーしなければなりません。
こういう状況では,ちょっとした言葉の違いで怒りが爆発します。
患者役の人が患者になりきって本当に怒ることができれば,いいロールプレイになります。

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シナリオ 10(頼りない学生)

患者用シナリオ

あなたは 75 歳の男性(女性)です。
3 か月前に脳梗塞で倒れました。
最初の病院には 1 か月いて、今の病院には 2 か月前に来ました。
左の手足はほとんど動きませんが、リハビリ室までは車椅子を使って一人で行けるようになりました。
でも、すっかり疲れやすくなっていて、このごろはボケてきたようにも思います。
病院には実習生というのがいて、ときどきその学生の練習台になっています。
そんなとき、先生と学生はあなたのことをほっておいて、小声で難しいことを話しています。
頼りない学生です。
寝たり、座ったり、寝たり、転がったり、何度も同じことをさせられます。
バカ丁寧に説明してくれますが、何をしたらいいのかが分かりません。
一度にいろんなことを言われるし、話が長すぎて、最初に言われた事は忘れてしまいます。
とてもイライラします。
昨日はついに、「あんたに触られるのは嫌や」とはっきり言ってしまいました。
若造相手に大人げないことを言ってしまったと反省していますが、もう学生の相手はこりごりです。
今日は体調もすぐれないので、リハビリは休もうと思います。
ナースコールを押したら、この病院で一番頼りない看護師がやってきました。
休むようリハビリに伝えてほしいと頼みましたが、ちゃんと伝言してくれるのか?心配です。
そこに例の学生がやってきました。
伝言は伝わっていないようです。

PT 用シナリオ

あなたは理学療法士をめざす学生です。
回復期の病院で長期実習を行っています。
担当している B さんは 75 歳で、脳梗塞左片麻痺で発症後 3 か月の方です。
2 か月前に転院してきました。
Brunnstrom stage は上下肢ともに II です。
院内での車椅子による移動は自立しています。
理学療法の時間を忘れることがあり、認知症があるのかもしれません。
B さんには嫌われているようです。
昨日はついに「あんたに触られるのは嫌や」と面と向かって言われてしまいました。
今日はこれから B さんの評価をすることになっていますが、時間になってもやってきません。
スーパーバイザーに「忘れているみたいだから迎えに行って」と指示されました。
忘れているだけならいいのですが、学生に担当されるのが嫌なのかもしれません。
とにかく迎えに行くしかありません。
今日評価をしなければ最終評価レポートの完成も遅れてしまいます。
B さんの部屋にやってきました。

解説

休みたいという伝言が伝わっていないことで,怒りから始まる,ちょっと大変な展開です。
患者はちょっと上から目線です。
患者が悪いと感じ方もいるかもしれませんが,実際にこういう方はいらっしゃいます。
臨床実習の問題点を随所に散りばめています。
実習に対する恐怖心をあおってしまうかもしれません。

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シナリオ 11(息子に学生がつくのはちょっと)

患者用シナリオ

B さん,40 歳,女性(男性)
あなたは結婚して8年の専業主婦(サラリーマン)です。
つい最近まで夫婦ともに大手企業に勤めていて,経済的には楽な生活を送ってきました。
子供がなかなかできなかったのですが,やっと待望の長男が生まれました。
1 歳 6 か月です。
1 歳の時にマヒがあることが分かり,子供のリハビリの施設に通っています。
6 か月のころから何かおかしいと感じていました。
何かの間違いであってほしいと,いまでも思います。
送り迎えや,親によるリハビリもあるので,仕事を辞めて専業主婦になりました(妻は仕事を辞めました)。
(妻は)仕事にはやりがいを感じていました。
できれば仕事を続けたい(続けてもらいたい)と思うのですが,やっと授かった子供のためだから仕方がないと思います。
担当の先生はいい人で,満足しています。
ただ,実習生というのがいて,時々,子供のリハビリをしています。
真面目そうな学生で,誠実な感じです。
立派な先生になってもらいたいと思いますし,後進の育成が大事であることは自分の会社でも同じです。ただ,いつも元気に挨拶してくれますが,なんだか正直うるさく感じます。
こういう人が,会社にいた新人の○○君みたいになるのかな,と思うといやな感じです。
こんな好き嫌いの感情でわがままを言ってはいけないとは思います。
でも,子供はその学生になついておらず,よく泣いています。
リハビリも私の方がうまいんじゃないかと思っています。
なぜかというと,学生がリハビリをした後には少し抱っこしにくくなるように感じるからです。
いろいろあるけど,ようは子供に出来るだけのことはしてあげたいということです。
息子はきっとよくなります。
学生による担当はなんとかならないのかと,担当の先生に相談することにしました。

PT 用シナリオ

あなたは小児施設で働いている理学療法士です。
実習生が来ており,あなたがスーパーバイザーです。
四肢麻痺で 1 歳 6 か月の男の子を担当しており,学生にも担当してもらっています。
ご両親はとても気さくで協力的で,勉強熱心です。
ただ,学生が担当する事には不満があるようです。
ここで学生に担当をやめさせるとなると,実習のスケジュールを考えれば,とても厄介です。
ある日,お母さん(お父さん)が学生のことでお願いがあるということで、面談をすることになりました。

解説

親御さんは様々な想いを抱えています。
そして,学生が関わるのはやめて欲しいと思っているだけではありません。
揺れ動く想いにどれだけ寄り添えるかがポイントです。
男女の入れ替えの表現がややこしくなっています。
学生がスーパーバイザーを演じるのは,RPT を演じるよりも難しそうです。
もしかしたら,学生にスーパーバイザーの気持ちを感じて欲しいと思って,このシナリオを作ったのかもしれません。

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おわりに

当たり前ですが,理学療法士養成校で行うロールプレイですから,理学療法士が登場する方がやりやすいでしょう。
でも,設定が限定されればされるほど,ストーリーは思いつきにくくなります。
私にとって,理学療法士を登場させることが以外に大変でした。

シナリオは 1 回の授業で最低 2 つは作る必要があります。
再履修の学生がいることもあり,同じシナリオは使えないため,出来るだけ毎年新しいものを作るようにしていました。
大変でしたが,私の教員としての仕事の中では,最もクリエイティブな仕事だったと言えるかもしれません。
今となってはいい思い出です。

シナリオは架空のものですが,実際に起こったことがヒントになっています。
また,私自身の考え方が色濃く反映されています。
自分の精神世界をさらけ出しているようで,恥ずかしいものです。
このシナリオ集を必要とする方はとても少ないとは思いますが,誰かの役に立てば,恥ずかしい思いをした甲斐があります。

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参考文献

1)福井次矢: メディカル・インタビューマニュアル – 医師の本領を生かすコミュニケーション技法(第3版). インターメディカ, 2002.
2)田村康二: 医学的面接のしかた-聞き上手,話し上手になる技術. 医歯薬出版, 2000.

2020 年 3 月 11 日
2020 年 3 月 12 日

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