肘関節の解剖と運動:基本情報のまとめ

はじめに

肘関節 elbow joint の解剖(構造)と運動について基本的なところをまとめます。

肘関節は 1 つの関節包の中に 3 つの関節(腕尺関節,腕橈関節,上橈尺関節)がある複合関節です。

この記事では,肘関節の屈曲・伸展を行う腕尺関節 humeroulnar joint と腕橈関節 humeroradial joint を扱います。
前腕の回内,回外を行う上橈尺関節関節についてはこちらでまとめています。

目次

肘関節を構成する骨と関節面

腕尺関節

  • 上腕骨滑車(凸面)
  • 尺骨滑車切痕(凹面)

滑車には溝があり,滑車溝と呼ばれます。
滑車切痕には,滑車溝に対応した隆起があり,縦骨稜1)あるいは滑車稜2)などと呼ばれます。

滑車と滑車切痕の曲率はほぼ同じ4)であり,関節面同士の適合性が優れていることで,安定性が高くなっています。

上腕骨滑車と滑車切痕はどちらも約 45° の傾斜があります(図 1)。
この傾斜によって,大きな可動範囲を得ることができます。

腕尺関節の関節面の傾斜
図 1: 腕尺関節の関節面の傾斜9)

滑車切痕側は凹面の全体(約 180°)が関節軟骨に覆われています。
滑車では,約 300° の範囲で軟骨に覆われていて,鉤突窩や肘頭窩に軟骨はありません。
軟骨同士が接触するのは,屈曲 55〜115° の範囲10)です。

腕橈関節

  • 上腕骨小頭(凸面)
  • 橈骨頭窩(凹面)

小頭の関節面は半球状で,上腕骨下端の前部にあります。
関節軟骨は後方や橈骨窩にはありません。
橈骨頭窩の方は,窪み全体が軟骨に覆われています。

腕橈関節の矢状断
図 2: 腕橈関節の矢状断9)

関節の分類

腕尺関節

    • 可動性による分類:可動関節
    • 骨間に介在する組織の種類による分類:滑膜関節
    • 関節面の形状と動きによる分類:蝶番関節(らせん関節)
    • 運動軸による分類:一軸性関節
    • 骨数による分類:単関節

    滑車溝はらせん状になっていますので,らせん関節と呼ばれることもあります。

    鞍関節であるとする文献8)もあります。
    滑車溝と縦骨稜によって鞍のような形になっています。
    肘関節を伸展すると前腕は外転していきますので,2 軸性の関節であると解釈できるのかもしれませんが,通常の鞍関節のように随意的に 2 軸性の運動ができるわけではありません。

    腕橈関節

      • 可動性による分類:可動関節
      • 骨間に介在する組織の種類による分類:滑膜関節
      • 関節面の形状と動きによる分類:球関節6,11)
      • 運動軸による分類:二軸性関節
      • 骨数による分類:単関節

      肘関節の屈伸と前腕の回内外で動く 2 軸性の関節です。
      しかし,球関節は本来は 3 軸性です。
      前腕の回内外では橈骨の軸回旋とともに内外転も生じます。
      その内外転を含めて 3 軸性としてもいいのかもしれません。

      関節分類の全体については こちら

      関節面の形状と動きによる分類については こちら

      肘関節の靭帯

      内側側副靱帯

      内側側副靱帯は,前線維束,後線維束,横線維束の 3 つで構成されます。

      内側側副靱帯
      図 3: 内側側副靱帯1)

      前線維束(前斜走線維)

      • 近位付着部:内側上顆前下方
      • 遠位付着部:尺骨鉤状突起の内側
      • 靱帯が緊張する動き:肘の外反(外転),伸展,屈曲

      内側側副靱帯のなかでは最も硬い靱帯であり,肘の外反に対して抵抗する主要な靱帯です。

      前線維束は肘関節屈伸の軸の両側を走行しますので,屈伸の全可動域において線維束のなかのいずれかの線維が緊張するようになっています1)
      また,別の報告16)では,肘屈曲 0 〜 60° までは屈曲角度と比例して靱帯の長さおよび緊張は増加するが,それ以上の角度では靱帯の長さに変化はなく緊張は一定になるとしています。

      後線維束(後斜走線維)

      • 近位付着部:内側上顆下面
      • 遠位付着部:滑車切痕内側縁
      • 靱帯が緊張する動き:肘の外反(外転),屈曲

      扇型に広がります。

      肘屈曲 60° 付近までは靱帯の長さに変化がなく緊張は一定ですが,60 〜 120° の間では屈曲角度に比例して靱帯の長さおよび緊張は急激に増加します16)
      また,完全屈曲位で緊張する1)とも書かれています。

      横線維束(横走線維)

      • 近位付着部:肘頭
      • 遠位付着部:鉤状突起
      • 靱帯が緊張する動き:なし

      関節をまたいでいないため,運動によって靱帯が緊張することはありません。
      機能的な意義は不明です10)

      外側側副靭帯複合体

      外側側副靭帯複合体は,橈側側副靭帯,外側尺側側副靭帯,輪状靱帯,accessory collateral ligament からなります10,16)
      腕橈関節をまたぐ靱帯は橈側側副靭帯と外側尺側側副靭帯です。

      外側側副靱帯
      図 4: 外側側副靱帯16)

      橈側側副靭帯 radial collateral ligament16)

      橈骨側副靭帯1)とも呼ぼれます。

      • 近位付着部:外側上顆前方
      • 遠位付着部:輪状靱帯,回外筋と短橈側手根伸筋の付着部
      • 靱帯が緊張する動き:肘の内反(内転),前腕の外旋

      肘の屈伸にかかわらず,ほぼ一定の緊張を保ちます10)

      外側尺側側副靭帯 lateral ulnar collateral ligament16)

      外側尺骨側副靭帯1)とも呼ぼれます。

      • 近位付着部:外側上顆前方
      • 遠位付着部:尺骨回外筋稜
      • 靱帯が緊張する動き:肘の内反(内転),前腕の外旋

      前腕の外旋は回外のことかもしれませんが,文献1,10)の記載内容からは判断できませんでした。

      外側側副靭帯のほぼすべての線維は完全屈曲位で緊張する1)との記載もあります。

      外側側副靭帯複合体を構成する靱帯の分類とその付着部については,文献による違いがあります。
      付着部には,上記のもの以外に,肘頭,橈骨切痕,鉤状突起下縁などがあります。

      肘関節の関節包

      肘関節の関節包は,腕尺関節,腕橈関節,近位橈尺関節を包んでいます。

      上腕骨の鉤突窩と橈骨窩の上方,および肘頭窩の上方から起こり,尺骨の滑車切痕の周縁,および橈骨頸の周囲につきます。

      内側上顆と外側上顆は関節包の外です。

      橈骨頭の遠位部で,関節包の線維膜の下縁から滑膜がはみ出しており,嚢状陥凹(上嚢状陥凹7))と呼ばれます。

      肘関節前面の関節包
      図 5: 肘関節前面の関節包7)

      上腕筋および上腕三頭筋が関節包に付着し,運動時には関節包を引っ張ります5,7)

      脂肪体

      鉤突窩,肘頭窩,橈骨窩の上には,関節包の線維膜と滑膜との間に脂肪組織があります。
      骨同士が衝突するときの衝撃を和らげる働きがあります5)

      肘関節の滑液包6)

      • 肘頭皮下包:肘頭と皮膚の間
      • 肘頭腱内包:上腕三頭筋の停止腱内(より正確な位置についての情報はありません)
      • 上腕三頭筋の腱下包:上腕三頭筋停止腱と肘頭の間
      • 上腕骨外側上顆皮下包:上腕骨外側上顆と皮膚の間
      • 上腕骨内側上顆皮下包:上腕骨内側上顆と皮膚の間
      • 二頭筋橈骨包:上腕二頭筋停止腱と橈骨粗面の間
      • 骨間肘包:上腕筋の停止部と上腕二頭筋停止腱の間17)

      肘関節の運動

      腕尺関節と腕橈関節からなる肘関節としては,1 軸での運動が可能です。

      屈曲と伸展

      矢状面における内外側軸での動きです。

      運動軸には傾きがあり,矢状面からは外れます。

      肘関節屈伸の運動軸の傾き
      図 6: 肘関節屈伸の運動軸の傾き10)
      この図は正確な角度を表したものではなく,大まかなイメージを図にしたものです。
      • 屈曲の可動域:145°
      • 屈曲の制限因子:前腕前面の筋腹と上腕前面の筋腹などの軟部組織同士の衝突
      • 屈曲のエンドフィール:軟部組織性

      屈曲の可動域の平均は 145° ですが,120 〜 160° は正常の範囲です2)

      屈曲の制限因子は,筋萎縮などで筋腹が薄い場合や,他動で筋収縮が少ない場合には,筋腹の要素は少なくなります。
      代わりに,鉤状突起と鉤突窩の衝突,橈骨頭と橈骨窩の衝突,後方の靱帯の緊張,上腕三頭筋の緊張などの要素が多くなります。

      • 伸展の可動域:5°
      • 伸展の制限因子:肘頭と肘頭窩の衝突
      • 伸展のエンドフィール:骨性

      伸展の制限因子は,肘頭と肘頭窩の衝突が主ですが,関節包前部や靱帯の緊張,肘屈筋の緊張も伸展の制限因子です。

      しまりの肢位(CPP)と最大ゆるみの肢位(LPP)

      腕尺関節

      • CPP:肘関節最大伸展位 + 前腕最大回外位
      • LPP:肘関節 70° 屈曲位 + 前腕 10° 回外位

      CPPを「完全回外もしくは回内位にかかわらず完全伸展位」としている文献2)もあります。

      腕橈関節

      • CPP:肘関節 90° 屈曲位 + 前腕 5° 回外位
      • LPP:肘関節最大伸展位 + 前腕最大回外位

      CPP を「半屈曲・半回内位」としている文献4)があります。

      関節内圧

      肘関節の関節内圧が最も低くなるのは屈曲 80° のときです1)

      肘関節に作用する筋

      主動作筋と補助動筋に分けていますが,その区別の基準は決まっていないようです。
      ここでは基礎運動学11)や徒手筋力テスト15)などを参考にして分けています。
      はっきりしないものは補助動筋にしました。

      屈曲に作用する筋

      • 主動作筋
        • 上腕二頭筋
        • 上腕筋
        • 腕橈骨筋
      • 補助動筋
        • 円回内筋
        • 手関節屈筋群

      手関節屈筋群のなかで肘関節屈曲作用の強弱があるはずですが,正確な情報は得られていません。

      長橈側手根伸筋が肘関節屈曲に作用するとしている文献2,15)があります。
      肘関節伸展位では,長橈側手根伸筋の作用線は肘関節軸上,もしくはわずかに後方にありますが,肘関節屈曲 15 ° を超えると,作用線は肘関節軸の前方に移動します。

      伸展に作用する筋

      • 主動作筋
        • 上腕三頭筋
      • 補助動筋
        • 肘筋
        • 手関節伸筋群

      MMT15)では手関節伸筋群は肘関節伸筋に入っていません。

      肘関節の安定化に作用する筋

      肘関節を圧縮する方向に作用する筋と,関節包や靱帯に付着する筋は,肘関節の安定化に作用する筋である可能性があります。

      上腕二頭筋と上腕三頭筋以外10)の肘関節をまたぐ筋の多くは,肘関節を圧縮する方向に作用する可能性があります。

      関節包や靭帯に付着することで肘関節の安定化に作用する筋について,具体的に解説している文献は見つけられていません。

      上腕骨に付着する筋はこちら
      尺骨と橈骨に付着する筋はこちら

      主な血液供給5)

      • 上腕動脈
      • 上腕深動脈
      • 橈骨動脈
      • 尺骨動脈

      これらの動脈の枝で肘関節動脈網が作られます。

      肘関節の感覚神経支配

      橈骨神経と筋皮神経の枝によって主に支配されますが,尺骨神経と正中神経からも若干の枝を受けることがあります(C6 〜 C8)1,5)

      その他の特徴

      肘角

      肘を伸展して解剖学的肢位になったとき,前腕は上腕に対して橈側に外反しています。
      その角度を肘角(運搬角)と呼びます。

      肘角の平均は健常な男女で 13° です1)
      女性の方が大きく,利き腕の方が大きくなる傾向があります。

      肘角ができるのは,滑車溝が傾いているからです。

      滑車溝は傾いているだけでなく,らせん状に走ります。
      個人差がありますが,多くの場合,屈曲すると肘角は減少して上腕と前腕の角度は同じになって重なります。

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      関節の分類(広義の関節)

      滑膜関節の分類(関節面の形状と動きに基づいた分類)

      関節運動学(関節包内運動)における関節面の動き

      しまりの肢位とゆるみの肢位

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      参考文献

      1)P. D. Andrew, 有馬慶美, 他(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020, pp199-242.
      2)武田功(統括監訳): ブルンストローム臨床運動学原著第6版. 医歯薬出版, 2013, pp204-216.
      3)米本恭三, 石神重信, 他: 関節可動域表示ならびに測定法. リハビリテーション医学. 1995; 32: 207-217.
      4)博田節夫(編): 関節運動学的アプローチ AKA. 医歯薬出版, 1997, pp17-19.
      5)秋田恵一(訳): グレイ解剖学(原著第4版). エルゼビア・ジャパン, 2019, pp621-627.
      6)金子丑之助: 日本人体解剖学上巻(改訂19版). 南山堂, 2002, pp188-193, 333-334.
      7)越智淳三(訳): 解剖学アトラス(第3版). 文光堂, 2001, pp61-62.
      8)富雅男(訳): 四肢関節のマニュアルモビリゼーション. 医歯薬出版, 1995, pp115-121.
      9)荻島秀男(監訳): カパンディ関節の生理学 I 上肢. 医歯薬出版, 1995, pp74-99.
      10)山嵜勉(編): 整形外科理学療法の理論と技術. メジカルビュー社, 1997, pp252-260.
      11)中村隆一, 斎藤宏, 他:基礎運動学(第6版補訂). 医歯薬出版株式会社, 2013, pp224-229.
      12)木村哲彦(監修): 関節可動域測定法 可動域測定の手引き. 共同医書出版, 1993, pp46-47.
      13)板場英行: 関節の構造と運動, 標準理学療法学 専門分野 運動療法学 総論. 吉尾雅春(編), 医学書院, 2001, pp20-41.
      14)大井淑雄, 博田節夫(編): 運動療法第2版(リハビリテーション医学全書7). 医歯薬出版, 1993, pp165-167.
      15)津山直一, 中村耕三(訳): 新・徒手筋力検査法(原著第9版). 協同医書出版社, 2015, 140-148.
      16)岩崎倫政: 肘関節靱帯の解剖とバイオメカニクス. 臨床スポーツ医学. 2011; 28: 493-495.
      17)森於菟, 小川鼎三, 他: 分担解剖学第1巻(第11版). 金原出版, 1983, pp170, 376-377.

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      2021 年 11 月 2 日
      2021 年 11 月 4 日
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