はじめに
しまりの肢位とゆるみの肢位について基本的なところを解説します。
運動療法を行ううえで必須の知識です。
しまりの肢位 Close-Packed Position(CPP)とは
滑膜性の関節において,関節の遊びが最も小さくなる肢位です。
関節面同士が最も適合し(接触する面積が広くなり),関節包や靭帯は伸張されています。
ただし,しまりの肢位が関節面の最大適合位と一致するとは限りません。
股関節のしまりの肢位は,伸展・内旋・外転位ですが,関節面が最も適合するのは,屈曲 90°で外転と外旋を組み合わせた肢位です2)。
しまりの肢位では,関節を安定させることができます。
関節モビライゼーションでは,動かそうとしている関節に隣接する関節を固定するのに利用できます。
名称(翻訳)にはバリエーションがあり,しまりの肢位6),クローズパック肢位2),しまりの位置4,5),閂(かんぬき)の肢位1)があります。
ゆるみの肢位 Loose-Packed Position(LPP)とは
しまりの肢位以外の肢位です2,4,5,6)。
関節面同士の適合は小さくなり,関節包や靭帯は緩みます。
関節の遊びは大きくなります。
名称(翻訳)にはバリエーションがあり,ゆるみの肢位6),ルーズパック肢位2),ゆるみの位置4,5)があります。
最も関節がゆるむ肢位は,Least-Packed Position(LPP) と呼びます
その訳語は最大ゆるみの位置4,5)となっていますが,私は最大ゆるみの肢位として,肢位で統一しています。
Loose-Packed Position を最もゆるんだ肢位と定義し,それを安静肢位と呼んでいる場合1,7)があります。
また,「ゆるみの肢位(loose-packed position: LPP)は,関節の接触面が小さく周囲組織が緩んでいる状態で,最大ゆるみの肢位を安静肢位という6)」との記述もあります。
Loose-Packed Position と Least-Packed Position のどちらも略語は LPP ですので,注意が必要です。
関節モビライゼーションは,基本的にはゆるみの肢位で行います。
各関節のしまりの肢位と最大ゆるみの肢位
Kaltenborn の著書1)にある各関節のしまりの肢位と最大ゆるみの肢位を表 1 にまとめました。
空欄は記載がなかったものです。
また,文献番号があるものは,別の文献からの情報になります。
しまりの肢位 | 最大ゆるみの肢位 | |
顎関節 | 閉口 | 軽度開口 |
椎間関節2) | 解剖学的肢位またはわずかに伸展した肢位 | |
胸鎖関節 | 上肢完全挙上位 | 肩甲骨が生理的肢位にあるとき |
肩鎖関節 | 肩関節 90° 外転位 | 肩甲骨が生理的肢位にあるとき |
肩甲上腕関節 | 最大外転位 + 最大外旋位 | 55° 外転位 + 30° 水平内転位 |
腕尺関節 | 肘関節最大伸展位 + 前腕最大回外位 | 肘関節 70° 屈曲位 + 前腕 10° 回外位 |
腕橈関節 | 肘関節 90° 屈曲位 + 前腕 5° 回外位 | 肘関節最大伸展位 + 前腕最大回外位 |
上橈尺関節 | 前腕 5° 回外位 | 前腕 35° 回外位 + 肘関節 70° 屈曲位 |
下橈尺関節 | 前腕 5° 回外位 | 前腕 10° 回外位 |
手関節(橈骨手根関節,手根中央関節) | 最大背屈位 | 掌背屈中間位 + 軽度尺屈位 |
母指の手根中手関節 | 最大対立位 | 橈側内外転と掌側内外転の中間位 |
中手指節関節(第2~5指) | 最大屈曲位 | 軽度屈曲位 + 軽度尺屈位 |
母指の中手指節関節 | 最大伸展位 | 軽度屈曲位 |
近位指節間関節 | 最大伸展位 | 軽度屈曲位 |
遠位指節間関節 | 最大伸展位 | 軽度屈曲位 |
母指指節間関節 | 最大伸展位 | 軽度屈曲位 |
仙腸関節2) | 最大前屈位 | |
股関節 | 最大伸展位 + 最大内旋位 + 最大外転位 | 30° 屈曲位 + 30° 外転位 + 軽度外旋位 |
膝関節 | 最大伸展位 + 最大外旋位 | 25° 屈曲位 |
脛腓関節 * | 距腿関節最大背屈位 | 距腿関節 10° 底屈位 |
距腿関節 | 最大背屈位 | 10° 底屈位 |
距骨下関節 | 最大回外位(三平面運動) | 最大回内と最大回外の中間位(三平面運動) |
横足根関節3) | 距骨下関節内がえし位(前額面運動) | 距骨下関節最大外がえし位(前額面運動) |
中足趾節関節(第2~5指) | 最大屈曲位 | 10° 伸展位 |
母趾の中足趾節関節 | 最大伸展位 | |
近位趾節間関節 | 最大伸展位 | 軽度屈曲位 |
遠位趾節間関節 | 最大伸展位 | 軽度屈曲位 |
*脛腓関節は,近位脛腓関節と遠位脛腓関節のどちらであるのかは明記されていません。
全ての関節についてしまりの肢位や最大ゆるみの肢位が分かっているわけではなさそうです。
足部の運動表示(回内 / 回外と外がえし / 内がえしの定義)については別の記事でまとめています。
文献による違い
表 1 の Kaltenborn によるもの1)と,別の文献4)(AKA のテキストで,主に MacConail らによる)にあるものとで,大きく異なるものを表 2 に示します。
Kaltenborn | AKA のテキスト | |
腕橈関節のしまりの肢位 | 肘関節 90° 屈曲位 + 前腕 5° 回外位 | 半屈曲位・半回内位 |
手関節の最大ゆるみの肢位 | 掌背屈中間位 + 軽度尺屈位 | 半屈曲位 |
足関節の最大ゆるみの肢位 | 10° 底屈位 | 中間位 |
中足趾節関節のしまりの肢位 | 最大屈曲位 | 背屈位 |
中足趾節関節の最大ゆるみの肢位 | 10° 伸展位 | 中間位 |
椎間関節のしまりの肢位 | 解剖学的肢位またはわずかに伸展した肢位 | 背屈位 |
椎間関節の最大ゆるみの肢位 | 記載なし | 中間位 |
椎間関節についてですが,AKAのテキスト4)では,脊柱となっています。
椎間関節のみと脊柱とでは異なるということもあるかもしれません。
近位脛腓関節について,AKA のテキスト4)では,しまりの肢位は膝関節完全伸展位,最大ゆるみの肢位は膝関節軽度屈曲位(60〜90°)となっています。
Kaltenborn1)は,しまりの肢位は距腿関節最大背屈位,最大ゆるみの肢位は距腿関節 10° 底屈位としていますが,前述の通りで,近位脛腓関節と遠位脛腓関節のどちらであるのかは分かりません。
おわりに
しまりの肢位とゆるみの肢位の知識がなければ,関節を適切に動かすことはできませんので,重要な知識になります。
文献によって違いがあって困りますが,実際の運動療法に応用するときには,そもそも個人差があって文献の通りではありませんので,それほどは困りません。
こちらもおすすめ
関節運動学(関節包内運動)における関節面の動き
滑膜関節の分類
参考文献
1)富雅男(訳): 四肢関節のマニュアルモビリゼーション. 医歯薬出版, 1995.
2)P. D. Andrew, 有馬慶美, 日髙正巳(監訳):筋骨格系のキネシオロジー 原著第3版. 医歯薬出版, 2020.
3)山嵜勉(編): 整形外科理学療法の理論と技術. メジカルビュー社, 1997, pp40-41.
4)博田節夫(編): 関節運動学的アプローチ AKA. 医歯薬出版, 1997.
5)大井淑雄, 博田節夫(編): 運動療法第2版(リハビリテーション医学全書7). 医歯薬出版, 1993, pp165-167.
6)竹井仁: 骨関節疾患に対する関節モビライゼーション. 理学療法科学. 2005; 20: 219-225.
7)富雅男(訳): 脊柱の評価とモビリゼーション. 医歯薬出版, 1997, pp25.
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