はじめに
バイオメカニクスの観点でランニングフォームを考えようとしたときに,まず最初に知っておきたい重要なポイントを解説します。
ちゃんと知っていないと間違った方向に進んでしまうという項目を選びました。
一般のランナーやコーチの方に読まれることを考え,専門用語はできるだけ使わずに書きます。
私は理学療法士で,趣味でランニングをしていますが,ランニングのバイオメカニクスを専門としているわけではありません。
理学療法の教科書に書いてあるようなごく基本的なことを書きます。
目次
衝撃吸収が必ず必要
ランニングはジャンプして着地するという動作の連続です。
そして,着地するということは,足が地面にぶつかるということと同じです。
50 kg とか 100 kg といった重さの体がそれなりのスピードで跳ねていくわけですから,ぶつかったときの衝撃はかなりのものであると想像できます。
衝撃を吸収してやわらげなければ,体のどこかが壊れてしまうでしょう。
人体にはクッションやバネのような変形して元に戻るという衝撃吸収の仕組みはあまりありません。
かわりに関節が曲がり,筋肉が力を出すことで衝撃を吸収します。
全身の様々な関節で衝撃が吸収されるのですが,イメージしやすいのは膝です。
着地と同時に膝が曲がり始めます。
膝を伸ばす筋肉(大腿四頭筋など)が,引き伸ばされながらも力を入れること(遠心性収縮)で膝が曲がるのを止めます。
この動きによって衝撃は吸収されます。
衝撃吸収と地面を押す動きを同時に行うことはできません。
地面に加えようとした力が吸収されてしまうからです。
衝撃吸収が先で,その後に地面を押してジャンプします。
着地は小指側から
着地するときに最初に地面に触れるのは足の小指側(足の外側)です。
踵着地であれば踵の小指側から着地します。
ミッドフット着地では踵の小指側と小指の付け根(小指球)が同時に着地します。
つま先着地では小指の付け根(小指球)から着地します。
足の構造上,小指側は柔らかく,親指側は硬くなっています。
凸凹の地面の上に着地しても滅多に転けることがないのは,足の小指側が地面に合わせて変形するからです(それだけではありませんが)。
そして,着地の衝撃を吸収するためにも柔らかい小指側から着地します。
小指側から着地した後はすぐに親指側も着地し,硬い親指側で地面に力を加えます。
さて,短距離走(全力疾走)の場合,「自分は親指側(母指球)から着地する」と言っている人がときどきいます。
これはおそらく,小指側が地面に触れていることに気づいていないだけだと思います。
小指側が地面に触れる瞬間には全身で衝撃吸収を行っていますから,着地の衝撃はかなり小さくなります。
また,小指側が地面に触れてから親指側が地面に触れるまでの時間はかなり短い(たぶん 0.1秒もない)ということもあると思います。
着地は体の少し前
陸上競技の指導において,体の真下に足を着くのがいいと言われることがありますが,真下に着いて走ることは不可能であり,少し前に着くのが正解です。
着地しようとするとき,体の重心は走っている人の前方の地面に向かって高速で落下しています。
ですので,着地した後に体が上向きに動く力を加えなければ,そのまま地面に向かって落ちていきます(つまり転けます)。
ですが,先に述べたように,人間の足は小指側で着地をしながら衝撃を吸収した後でないと力を入れることができません。
体の真下に足を着いてしまうと,力を入れられるようになるまでに,転けてしまいます。
まずは体の少し前に着地し,力を入れる準備を整え,足の真上に上半身が乗った瞬間に地面を押すという流れになります。
ただし,「真下に着け」という指導が間違っているということではありません。
走っている人が感じている動きと実際の動きはずれるのが普通です。
真下に着こうというくらいの気持ちでいけば,ちょうどいいところに着けるということが経験的に分かっているということのようです。
走っているところの動画をスロー再生して見てしまうと,真下には着いていないことが分かってしまいますが,このときに,もっと手前に着地しようと思ってしまうと,間違いになります。
上下動は必ず起こる
「上下動のない走り方がいい」と言われることがありますが,全く上下動なしに走ることはできません。
ある論文2)では,一番高いときと低いときの差は 14.1 cm となっています(肩の上下動を測定)。
走っているときに,視線を調節すると自分が上下していることが分かりますが,その上下動を無くそうとするのは無駄な努力ということになります。
ただし,無くそうというくらいの気持ちでちょうどいいということはあります。
さて,上下動なしに走ることはできないということは当たり前ということなのでしょうか?そのことをちゃんと説明している文献は見つかりませんでした。
そこで,私なりに説明したいと思います。
ランニングはジャンプの連続であり,両足が地面から離れて空中を移動しているときがあります。
そのときに上下動がない,つまり体と地面の距離が変わらないというのであれば,そのまま飛び続けて地球を周り続けるということになります。
地球を周回している人工衛星のように時速 28,400 km(第一宇宙速度)で飛び出すことができれば,地面と平行に飛ぶことができるのですが,もちろん無理です。
地面に力を加えるときに,地面と平行な向きの力のみを加え,地面を踏む方向の力をいっさい加えないようにすれば,上下動なしに真っ直ぐ進むことができるかもしれません。
自転車で,ペダルを踏むのではなく地面を蹴って進むときの足の動きです。
この動きは,人の関節や筋肉の構造上,あまり強い力を出すことができません。
おそらく歩幅は短くなるでしょう。
おわりに
私は陸上部に所属したことはなく,実際の陸上競技の現場は知りません。
あまり偉そうなことを言える立場ではないのですが,YouTube などのネット上で見聞きする陸上競技の指導用語のいくつかが,言葉通りに鵜呑みにすると間違った方向に進んでしまいそうな表現だなと感じたため,この記事を書いてみました。
特に,部活に真剣に取り組んでいる勉強熱心な中高生のお役に立てたら嬉しいなと思います。
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医療従事者向けの記事ですが,,,
ランニングで足のどこから着地しているか?その自己認識は難しいという話
ランチョ・ロス・アミーゴ方式の歩行周期の定義(従来の用語との関連)
参考文献
1)武田功(統括監訳): ペリー 歩行分析 原著第2版 -正常歩行と異常歩行- .医歯薬出版, 2017, pp266-275.
2)Pink M, Perry J, et al.: Lower extremity range of motion in the recreational sport runner. Am J Sports Med. 1994; 22: 541-549. doi: 10.1177/036354659402200418.
2024 年 12 月 1 日
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